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#30 「食べなくてもいいものだからこそ手を抜かずに」。100年の梨農家を守り育てる4代目夫婦の歩む道

渡辺果樹園
渡辺喜則よしのりさん、佳子よしこさん

フルーツ王国ふくしまを代表する果物の一つである梨。県内では百数十年前から各地で栽培されており、須賀川はその中でも県内を代表する産地として知られています。

須賀川の中心部から北へ約4km。国道4号線と東北新幹線の高架に挟まれた一帯に広がる梨畑は、この地で1925年から梨を作り続ける渡辺果樹園の畑です。現在ここで梨を育てる渡辺喜則さんは4代目。本家までさかのぼれば100年以上の歴史を誇る梨栽培の家系です。育てる梨は「幸水」「豊水」「南水」「あきづき」の4品種。他に西洋梨の「ル・レクチェ」や桃の栽培も手掛けています。

夫婦二人三脚で、また時にはご両親の力も借りながら、歴史を受け継ぎつつ新しい果樹園の形をつくる日々。どんな想いを胸に梨づくりに取り組んでいるのでしょうか。

「こんなにすごい梨を作っているのになんで継がないの?」

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高校時代から友人だったという喜則さんと奥様の佳子さん。共に進学で東京に出てからお付き合いを始めたそうですが、喜則さんは始め、実家が梨農家であることを佳子さんに言わなかったそうです。自分では絶対にやりたくない。安定した公務員の仕事に就きたい――。そう考えていました。

交際を始めてから1年ほど経ったある日、渋谷の百貨店に足を運んだ2人。青果売り場に置いてあった梨を指さし、喜則さんは佳子さんにこう言いました。

「これ、うちの梨なんだ。」

喜則さんが指をさすその先には、1個1kgにもなる大粒の品種「愛宕梨」が飾られていました。喜則さんの実家の梨が故郷を遠く離れた東京の一流百貨店でも取り扱われる高品質の梨であることを、佳子さんはその時に初めて知りました。

「びっくりしました。あまりにびっくりして“せっかくこんなにすごい梨を作っているのになんで継がないの? もったいないでしょ? やらなかったらなくなっちゃうんだよ!”みたいなことを私が言ったんです。どれだけ大変な仕事かも知らずに。」(佳子さん)

しかし、その言葉に喜則さんは心を動かされます。翌年からは夏休みになると須賀川に戻り作業を手伝ったり、お父様が商談で東京に来た際に同行したりしながら、少しずつ就農への助走を始めました。

それぞれ学業を修めた2人は須賀川へ戻り、2000年に結婚。同時に夫婦で就農し、二人三脚による梨づくりの道がスタートしました。

関わって初めて知った、苦労の上にあるおいしさ

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就農して早々、2人は農業の厳しさに直面しました。1年目は大きな霜の被害に見舞われ、いきなり不作の年を過ごします。うまく育たなかった実はすべて落として翌年に備えました。しかし、実を落としてしまったことがあだとなり、翌年も十分な収量を得ることができませんでした。ダメな実だからといって落としてしまうのではなく、木が持つ敏感な自然のサイクルを無視してはいけないということを、2人は身をもって学んだといいます。

「正直もっともっと簡単だと思っていた」という喜則さん。佳子さんもこう続けます。

「就農前に遊びに来ていた頃は、パートのおばさん達が和気あいあいと楽しそうに作業しているように見えて、“これなら私できるかも”って思ってました。1年を通して手入れをしているなんてことは知らなかったんです。まだ寒さの厳しい3月に堆肥をまいたり、霜が降りそうだといえば徹夜で畑に薪を焚いたり、見えない努力や苦労があること、その苦労の上においしさがあることを、自分が関わるようになって初めて知りました。」

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「1年に1回しか取れませんからまだ21回しか作っていない。経験を積みにくい、効率の悪い仕事ですよね」と言う喜則さん。それでも毎年違う天候に適応し、技術を磨きながら品質の向上に取り組んできました。他にはない渡辺果樹園の梨ならではの特徴を、喜則さんはこう語ります。

「品種ごとの特性を最大限に引き出すための土作りや枝作り。また人間でいえば食事にあたる肥料の配分。これらは1年や2年で結果が出るものではありません。“渡辺果樹園の味がする”と言ってくださるお客様もいらっしゃいますが、それは父やその前の世代からずっと続けてきたからこそ出せる味なのだと思います。」

そうして「なんとか手ごたえをつかみ始めた」と思い始めた11年目。東日本大震災が発生します。この震災が、梨づくりに取り組む2人の意識を大きく変えることになります。

精一杯やった自負があれば自信を持ってお客様に届けられる

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「震災前は、作りさえすれば勝手に売れていく感覚だったんです。レールに乗ったように、自動的に。別に情熱なんて込めなくても、それなりにやれている感覚でした。しかし、震災によってその気持ちは一気に危機感に変わりました。今までの感覚ではダメだ、本気で取り組み本気で伝えなければお客様に届かないと思うようになりました。

うちでは毎年8月になると予約販売として去年買ってくださったお客様に予約案内書を送っています。震災後は、その案内書を送る際に、みなさんが知らない梨づくりの様子や作り手としての想いなどを書いた<果樹園便り>を同封して、私たちの様子を積極的に伝える取り組みを始めました。

自分たちが当たり前だと思ってやっていることでも“そこまで手をかけてるの?”と思ってくださる人は多いようで、予約申込書の返信にお手紙を添えて送ってくださる方が増えました。思わずウルッとくるようなメッセージをくださる方もいらっしゃいますね。お客様との距離が近くなったと思いますし、こちらの声を届ければ届けるほど、さらに大きな責任も感じ、ちゃんとやらなきゃいけないなと気持ちが引き締まります。」(喜則さん)

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(実際に届いたお客様からのお手紙)

「果物は言ってしまえば食べなくてもいいものなので、それをお金を出して買ってもらうためには当然おいしいものを作らなきゃダメですし、自信を持って売るためには手を抜いちゃいけないですよね。今年はいまいちかなという年がもしあったとすれば、やはりどこかで手を抜いたり、やるべきことをやらなかったりしたからだと思いますが、精一杯やったという自負があれば、“これが今年の俺の精一杯の梨です”とお客様に自信を持って伝えられると思うんです。」(喜則さん)

「依存ではなく主体的に」――両親に頭を下げ経営移譲へ

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仕事を離れるとよく2人で人生論を話すという喜則さんと佳子さん。100年近い歴史を誇る果樹園を自分達がどう受け継いでいくか、震災以降はそのビジョンについてもよく語り合ったようです。

「ずっと両親のもとで従業員のような形で働いていたので、自分で何かを成し遂げて収入の喜びを得るという感覚ではなかったんです。でも震災以降、想いを伝えていくことでお客様が梨を買い続けてくれたり、一度離れたお客様が戻ってきてくださったりするうちに、依存するのではなく自分達が主体となってやらなければという気持ちがとても強くなりました。

そこで2人で相談して、2015年のお正月に両親に“経営を移譲してください”とお願いしました。きちんと気持ちを伝えたかったので、2人で正座して手をついて。両親は今でもまだまだ元気ですし手放したくはなかったと思います。“1年待ってくれ”という返事でしたが、その1年でスムーズに経営を移せるように状況を整えてくれたので、感謝しています。」(佳子さん)

自らの歩む道を共に描きまっすぐに歩む喜則さんと佳子さんの姿を見て育った2人の娘さんも今、両親の仕事に少しずつ興味を持ち始めているそうです。2人は共に、福島の高校生達が福島の生産者の想いを取材し発信する食材付きの定期情報誌『高校生が伝えるふくしま食べる通信』の編集に参加。長女の瑠奈さんは編集側として両親の取材にも立ち会いました。

「長女はその取材によって農業に対する考えが変わったようですね。必ず継いでもらいたいと思っているわけではありませんが、誇りに感じてくれているならうれしいですし、将来の職業の選択肢の一つとして残しておいてあげたいとも思っています。」(喜則さん)

家族で携われる農業は理想の仕事

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「こういう人生になるとはまったく思っていませんでした」と笑う佳子さん。しかし今、梨のおかげ、農業のおかげで日々の幸せを実感しているといいます。

「実家の祖父母が自営業を営んでいたせいか、家族で仕事ができるって幸せなことだとずっと思っていました。だから、家族で携われる農業は私にとっては理想の仕事ですし、単純に夫婦で一緒にいたかったんです。一緒にいて仕事ができる。ただただ幸せだなって感じています。」(佳子さん)

果樹農家に興味のある若い人をどんどん受け入れ技術を伝え、暖簾分けのように仲間を増やしていけば、これからも果樹農家は残っていくのではないか――。喜則さんのそんな想いから、来年は初めて新卒の従業員を迎え入れる予定だという渡辺果樹園。1年1回の歩みをこれからも積み重ねながら、前の年より少しでもおいしく、少しでも喜ばれる梨づくりを目指して、今日も畑へと足を運びます。

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渡辺果樹園
福島県須賀川市森宿字安積田118
Tel 0248-73-4174
HP https://watakaju.com/
Instagram @watakaju

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<渡辺果樹園の梨が買える場所>

■渡辺果樹園 直売所
営業時間 10:00~17:30
https://watakaju.com/

■旬鮮直 食材しのや
福島県郡山市桑野3-15-6
https://www.instagram.com/syokuzai_shinoya/

■西友(ザ・モール郡山店及び仙台市内各店)
※時期及び店舗によります。
https://www.seiyu.co.jp/searchshop/

■リオンドール
※時期及び店舗によります。
https://www.liondor.jp/tenpo/

■フルーツショップ青木
※時期及び店舗によります。
https://fruits-aoki.com/shop/

■横浜水信
※時期及び店舗によります。
https://www.mizunobu.com/shops/

■しずてつストア
※時期及び店舗によります。
http://s-store.co.jp/

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<動画>ショートムービーをご覧ください。

2021.9.21 公開
Interview / Text by 髙橋晃浩マデニヤル
Photo by 佐久間正人(佐久間正人写真事務所
Movie by 杉山毅登(佐久間正人写真事務所)
著作 郡山市(担当:園芸畜産振興課)

<放射性物質に対する対策について>

渡辺果樹園の梨は出荷に際し、放射性物質検査を実施。安全安心な梨を出荷しています。

「震災の年にはいち早く土壌の放射性物質検査を行いました。また、高圧洗浄機を使用して、樹帯の粗皮を削り、気に付着した放射性物質を取り除く作業も行いました。

震災の年から現在に至るまで、各品種ごと出荷前に検査機関による放射性物質検査を続けています。

福島県産の農産物の風評が完全に払しょくできるように、これまでもそうですが、今後も行政によるバックアップを続けてほしいと思います。」(佳子さん)

参考:食と放射能について
食と放射能に関する正しい知識を身に付けましょう。
食品と放射能に関する消費者理解増進の取組(消費者庁)

参考:福島の今
知るという復興支援があります。"風評の払拭"に向けて、知ってください。福島のこと。風評の払拭に向けて、知ってもらいたいことを分かりやすくまとめました。
数字で「知って!」「食べて!」「行こう!」福島(復興庁)

※福島県産農林水産物については、生産段階(産地・生産者)、流通段階、消費段階において放射性物質の検査が行われ、安全性が確認された農林水産物のみが出荷されています。

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