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#48 正解がないのが農業。だから面白い。磐梯山麓で兄弟が貫くそれぞれのこだわり

つちや農園
土屋 睦彦のぶひこさん、直史なおしさん

秋。磐梯山を見上げる猪苗代町の田んぼの一角に、奇抜な形をした稲干しのオブジェが毎年現れます。ある年は仙人の顔のように、またある年には羽を広げた大きな鳥のようにも見えます。高さ数メートル、幅は10メートルを超える年もあり、通りすがりの人はみな足を止めます。これを見るために田んぼを訪れる人も少なくありません。
 
このオブジェを作るのは、土屋直史さん。兄の睦彦さんとともに、猪苗代で8代・約300年続く農家の歴史を受け継ぎ、コメ作りに取り組んでいます。
 
土屋さんの田んぼにお邪魔し、コメ作りに挑む想いを聞きました。

音楽への憧れと挫折。そして農業へ

土屋睦彦さん(右)と直史さん

子供の頃から当たり前のように農業を仕事にすることを考えていたという睦彦さんと直史さん。「親父が好きでしたから。カッコよかったんですよね」と睦彦さんが言えば、直史さんも「幼稚園の卒業アルバムに“大人になったらお父さんと一緒に農業をやる”って書きました」と続けます。
 
しかし、成長した2人が強く惹かれたのは農業ではなく音楽でした。睦彦さんは大学進学を機に上京。その後を追って直史さんも東京に出ます。兄弟2人暮らしでそれぞれの音楽活動に没頭する時期がしばらく続きました。
 
「東京でのし上がってやろうと思ってましたから。青臭いロックをやって。でも、そんなに簡単に売れるわけがないですよね。勘違いしてたんだなって少しずつわかってきて。そのうちに母がリウマチになって、親父が突然下北沢のバイト先まで来て、“わかってるよな”と。」(睦彦さん)

夢を追った東京で挫折を味わい、コメ作りへ。音楽ではなかなか人を振り向かせられませんでしたが、いざコメを作ってみると喜んで買ってくれる人がいました。自分の仕事に需要があること。それがうれしかったと睦彦さんは振り返ります。
 
しばらくして直史さんも、睦彦さんと同じように音楽の道に限界を感じるようになります。
 
「音楽って、突き詰め過ぎると楽しくなくなるんです。そこでこらえて上に登れるやつしかプロにはなれない。俺はそこでこらえて登れなかったんです。そのうち自分がやってる音楽がどんどん嘘くさく感じるようになって、別に自分じゃなくてもいいんじゃないかって思ってしまって。もういいや、やめようって。」
 
猪苗代に戻ったのは睦彦さんの2年後。以来、それぞれの田んぼを受け持ち、それぞれのコメ作りが始まります。

面白いことやりながら、誰よりもおいしいものを

猪苗代に戻っておよそ20年。直史さんは、睦彦さんのコメ作りの姿勢を「とにかく研究熱心」と評します。
 
「兄貴は、いいって聞いたことは全部試してます。肥料も試すし、作り方も試す。猪苗代って土質が一定してなくて、モザイク模様のようにいろんな土質の田んぼがあるんです。田んぼごとに適した作り方が違うので、いいなって思うことをやったのに全部失敗することもある。何十個試した中で1個か2個、これが良かったなっていうものをいつも探してやってますね。」(直史さん)
 
「決して恵まれた土地ではない猪苗代で、誰よりも面白いことやりながら、誰よりもおいしいものを作りたい。そのためには研究が必要なんです。研究には金がかかるし、金をかけても失敗する時はするし。でも、その苦労も含めて楽しくやってます。」(睦彦さん)

しかし、20年経っても「これが正解」というものは見えないと睦彦さんは言います。
 
「まだ探してるんですよ。それを重ねて重ねて死ぬんじゃないですかね。これが正解っていうのは絶対ないですから、農業には。科学でなんか絶対解明できないよね。」(睦彦さん)
 
「それがあったらそこで止まっちゃう。そんなの楽しくないじゃないですか。」(直史さん)

経営者である以前に農家として生きていたい

「俺たちは稼ぐのが下手なんで。」
 
2人はお互いにそう言って笑います。経営者である以前に農家として生きていたい。それが2人の共通のスタンスです。
 
「儲けることが楽しいっていう農家もいれば、マーケティングを研究する農家もいると思うけど、俺らはそっちじゃないんですよね。時代が変わってお金を優先に生きなきゃいけないような時がくるかもしれないですけど、そんな中でも楽しいかどうかを前提においしいものをつくっていきたいって思います。どんなにつらい状況でも、金儲け優先にはなりたくない。金に困って自分に嘘ついて、“土屋さんのコメ最近うまくねえな”みたいなことは言われたくないんです。」(睦彦さん)
 
「自分たちが作ってるものが本当にいいのか、自分でそこに疑問を向けて、いろんな方向から自分がやってることを見ていく。そうすると、どんどんレベルが上がってきて、ものの良さをちゃんと見てくれる米屋さんから “取引したい”って話が来たりするんです。営業はしないけど営業になっているんですかね。」(直史さん)
 
稲干しのオブジェを作るのも、儲けや効率化とは縁遠い発想です。

「目立ちたいからやってるわけでも、人に見せたいからやってるわけでもなくて、ただ単にやりたいからやってるんですよね。生業としてやらなきゃいけないことを最低限やっていくのは当然として、農としてのスタイルや生き方を儀式的に表現してるっていうか。普通なら“こんな手間がかかることはやめろ”って言われそうですけど、そういうことに対して親父もダメとは言わなかった。やりたいんだったらやればいいっていうタイプ。自由にやらせてもらえる環境はありがたいですね。もともと親父は、“お前らが継ぐ頃には俺は飛行機に乗って農業をやる”って言ってたような人ですから。」(直史さん)

猪苗代の景色や風が直接届くようなコメを

冬は深い雪に閉ざされる猪苗代町にも、気候変動の影響は忍び寄っています。町内のコメ農家の中では、なるべく涼しい時期に稲穂を成長させようと田植えの時期を遅らせるなどの対策をとる人もいるそうです。しかし猪苗代の冬は早く、11月上旬には稲刈りを終わらせなければ雪の影響を受ける恐れもあるため、田植えを遅くすることにはリスクもあります。
 
天候の予測が難しい時代になるなか、直史さんは少しでも失敗のないコメ作りのために、経験を書き留めるようにしています。
 
「1年間やったことを次の1年にどう活かせるか、表を作って今年の反省と来年やりたいことをメモしたり、スマートフォンの来年のカレンダーにメモをしておいて、“去年の俺はこんなことを考えていたんだな”と振り返れるようにしてます。1年の経験をちゃんと消化してちゃんと来年に生かそう、忘れないようにしようと思って。」(直史さん)

同じ品種のコメでも、どこで育てられるかによって味や生育のスピードは異なります。その記憶はコメの遺伝子に刻まれ、それぞれの環境に適応しながら、その土地ならではのコメとして独自に進化するはずと語る直史さん。自身が目指す理想のコメはどんなコメなのか、最後にこんなふうに語ってくれました。
 
「うちが作ったコメも、猪苗代のいろんな情報が詰まったコメであるはず。食べた人の脳にその情報が直接届くようなコメを作りたい。景色や風の匂い、土の特徴、誰が作っているのかまで、食べた瞬間に猪苗代が頭に浮かぶコメを作りたいんです。」


つちや農園
〒969-3141
福島県耶麻郡猪苗代町大字磐里字百目貫690
TEL: 080-1852-0722
FAX: 0242-93-5003
https://tutiyanouen.com/


<つちや農園のコメが買える店(50音順)>
 
■アンコメ安東米店
静岡県静岡市葵区安東2丁目20-24
TEL 054-245-1331
https://ankome.com/
 
■お米のふなくぼ
東京都江東区白河3丁目8-12
TEL 03-3630-6608
https://www.okomeno-funakubo.com/
 
■加藤米穀店
神奈川県横浜市西区平沼2丁目5-13 KENZOビル1F
TEL 045-321-0539
http://www.kome-kokoro.jp/
 
■かど万米店
静岡県藤枝市岡部町内谷633-5
TEL 054-667-0050
https://kadoman-kometen.jp/
 
■米処結米屋 松屋銀座店
東京都中央区銀座3丁目6-1
 
■正野食糧売店
鹿児島県奄美市名瀬伊津部町13-11
TEL 0997-52-0527
 
■つちや農園 お米の直売所(Webショップ)

<つちや農園のコメが食べられる店(50音順)>
※時期によってはつちや農園のお米でない場合もあります
 
【福島県内】
■Cafeオヤジ
猪苗代町三ツ和家北770-1
TEL 0242-93-9387
https://www.facebook.com/cafeoyaji
 
■きちんとごはん虹
会津若松市中町1-12
中町フジグランドホテル1F
https://www.instagram.com/kichintogohannizi/
 
■食堂kontsh
会津若松市大町1丁目3-19
TEL 0242-93-5820
https://www.instagram.com/aizu.kontsh/
 
■ドライブイン磐尚
猪苗代町三ツ和前田80-2
TEL 0242-65-2851
https://www.facebook.com/p/%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%96%E3%82%A4%E3%83%B3%E7%A3%90%E5%B0%9A-100063654305072/?locale=ja_JP&paipv=0&eav=AfYXpthVvNxL-nyoAqKnnswPMv2cVcoLKt0JvCoXJpuHCAtgRGG91KO24nq9xQ6m0Bw&_rdr
 
■沼尻高原ロッジ
猪苗代町蚕養沼尻山甲2864
TEL 0242-93-8101
https://www.numajiri-lodge.com/
 
■HAGIフランス料理店
いわき市内郷御台境町鬼越171-1
TEL 0246-26-5174
http://hagi-france.com/index.html
 
■食堂ヒトト
福島市大町9-21 ニューヤブウチビル3F
TEL 024-573-0245
https://www.facebook.com/hitoto.fukushima
 
【福島県外】
■おむすび権米衛アトレ大井町店
東京都品川区大井1丁目2-1 JR大井町駅
TEL 03-5709-3423
https://www.omusubi-gonbei.com/shoplist/tokyo/ooimachi.html
 
■串喝 知仙
東京都港区六本木7-16-5 戸田ビル1F
TEL 03-3478-6241
https://www.chisen.info/
 
■旬と久
東京都中野区沼袋2丁目33-13
TEL 03-6824-7962
https://www.instagram.com/syunto_ku/
 
■高崎のおかん
東京都目黒区青葉台3丁目10-11 青葉台フラッツ 101
TEL 090-6327-1206
https://www.instagram.com/takasakinookan/
 
■ぼんうり屋
神奈川県横須賀市久里浜5丁目13-15
TEL 046-837-6055

<つちや農園のコメを使ったお酒>
 
■にいだしぜんしゅOK
https://niida1711.shop/items/62c2861f4ff8c25245db642e
仁井田本家
郡山市田村町金沢高屋敷139
TEL 024-955-2222
https://1711.jp/
 
■会津娘 穣 つちや亀の尾
高橋庄作酒造店
会津若松市門田町大字一ノ堰村東755
TEL 0242-27-0108
https://aizumusume.co.jp/
 
■わらわらしやがれ
https://haccoba.com/collections/all-products/products/warawarashiyagare
Haccoba
南相馬市小高区田町2丁目50-6
https://haccoba.com/


<動画>ショートムービーをご覧ください。

取材日:2023.9.17/10.14
Interview / Text by 髙橋晃浩 (マデニヤル)
Photo by 佐久間正人(佐久間正人写真事務所
Movie by 杉山毅登(佐久間正人写真事務所
著作 郡山市(担当:園芸畜産振興課)