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#18 「お前、社長をやらないか」 父の一言をきっかけに保育士から農業の道へ

有限会社光
代表取締役 柳田美華さん

郡山の地で強い想いや誇りを胸に農業と向き合う生産者のみなさんを紹介するフロンティアファーマーズ。これまで紹介した方々の中には、元美容師、元システムエンジニア、元ライターなど、異業界から農業の世界へ飛び込み、いまや郡山の食を支えるホープとして活躍する方々もいらっしゃいました。

今回ご紹介する柳田美華さんも、そんなご経歴を持つ一人。以前は保育士として働いていましたが、2017年に水耕栽培の生産者として新規就農しました。現在、市内大槻町にある2つのハウスで日々忙しく野菜と向き合っています。

そんな美華さんの就農の経緯や取り組み、生産者としての想いや喜びなどについて、お話をうかがいました。

「水耕栽培って…何?」

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美華さんは、郡山女子短期大学保育科を卒業後、市内で保育士として働いていました。お父様は産業廃棄物の処理を手がける会社を経営。5年ほど保育士を経験したら、その後は会社の仕事を手伝うつもりでいたそうです。

「お前、社長をやらないか。」

保育士となり4年が経った頃、美華さんは突然、お父様からそんな言葉をかけられます。

「産廃処理の会社の社長になれという話かと思ったら、“会社の名前を考えろ”って言うので、あ、違うんだなと。その時パッと“光”という言葉が思い浮かんで、それを社名にすることにしました。でも、何をやる会社を作るのか、まったく知らなかったんです。」

“光”の名前は、ご自身が大好きなゲームソフト『キングダムハーツ』のエンディングテーマ曲である宇多田ヒカルさんの「光」から連想したといいますが、その名前からは、ハウスの中で溢れんばかりの日の光を受けながら育つ水耕栽培と少なからずリンクするイメージも感じられます。

しかし当然ながら、農業は美華さんにとって未知の領域。お父様は以前より密かに水耕栽培について調べていたようですが、美華さんにとっては「水耕栽培って何?」というところからのスタートだったのです。

試行錯誤と失敗が続いたスタート期

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5年間の保育士生活を終え農業の道へ。最初の1年はお父様と共に秋田や宮城、埼玉、大阪など全国の水耕栽培農家、機材メーカー、農業系の展示会を視察。その中で設備を整え、2017年8月に栽培をスタートさせます。小ネギ、パクチー、小松菜、フリルレタス、ホワイトセロリなど、30近い種類の野菜の栽培を試しました。

「農家さんにも見学に行きましたけど、なかなか教えてもらえないんです。今思えば、たくさん苦労して積み上げてきた経験を、突然やってきた人間にそう簡単には教えられないですよね。」

もともと人見知りで人と接するのは苦手なほうだったという美華さん。経験ゼロからのスタートに加えてそんな性格もあり、自分の勘が頼りの、まさに手探りの野菜作りが始まりました。

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「最初は育つ期間と収穫にかかる時間のバランスもわかっていなかったんです。小ネギは飲食店での需要を見込んだ父のアイディアで、まず初めに3日おきに植えてみたんですが、どんどん伸びて取り切れなくなり、収穫に最適な時期を逃してしまいました。パクチーはアブラムシにやられてしまったり、水菜は採算が合わなかったり、いろいろ失敗がありましたね。

2年目の春には小松菜がすべてダメになりました。病気かなと思ったんですが、自分で調べても答えが見つからない。経験を重ねていく以外にないのかなと、半分諦めていたんです。」

さらには、社長として人を使うことの厳しさも実感。試行錯誤と失敗が続く中、新たにトマトの栽培に挑戦したことが、美華さんに一つの転機をもたらします。

農業で気づいた、人とつながる大切さ

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トマトの栽培にあたって美華さんは、栃木から栽培の先生を招き、定期的にアドバイスを受けながら栽培をスタート。その出会いが美華さんにとって大きな発見と気づきを得るきっかけとなり、少しずつ栽培のコツをつかみ始めているといいます。

「トマトについてはもちろん、他の作物についてもいろいろ教えてくださって、これまでの自分のやり方は間違っていたんだなと気づくことが多いですね。小松菜がダメになったのも、病気ではなくて環境管理が悪かったということが、先生に状況を話したことでようやくわかりました。」

さらに、水耕栽培のコツをつかむことと比例するかのように、かつては人見知りだった美華さんの性格も、自分でも驚くほど変わったといいます。

「先生とのやりとりもそうですし、こうして取材でお話ししたりするのも、昔の自分なら本当に嫌で、きっと逃げ出していたと思います。でも今では完全に吹っ切れました。配達で直売所に行って他の生産者さんと話せばいろいろな情報が得られますし、年配の方の話にもいろんな発見がある。今、すごく思ってます。話してみるもんだなって(笑)。

3年経ってもまだまだで、毎日野菜を見ているはずなのに“この温度で大丈夫だろうか” “この天気の時はどうしたらいいんだろうか”と不安に思うことばかりですけど、先生やまわりの人のおかげで、ようやく順調に作れるようになってきたところです。」

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取材で訪ねたのは、美華さんが手がけた最初のトマトがもうじき赤く色づき始めようかという時期。美華さんもお父様も、その実りに大きな期待を寄せているようです。

「特に父は楽しみにしているみたいですね。父の会社にピザ窯が乗ったキッチンカーがあるんですが、うちでできたトマトでトマトソースを作って、キッチンカーでピザを焼きたいって言っています。私も、まだ漠然とした夢ですが、いつか地元の人たちや仲間と一緒に、自分が作ったトマトを使ったピザを食べてもらえるようなイベントをやってみたいですね。」

“おいしい”の言葉がやっぱりうれしい

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今、美華さんのハウスで作業にあたっているのはご自身を含め6名。スタッフの勤怠管理や給与計算もこなすためゆっくり休めない日々が続いているそうですが、スタートからほぼ3年が経ち、野菜作りの喜びを実感し始めているといいます。

「やっぱり、 “おいしい“って言ってもらえたり、野菜が好きじゃない子供たちが“この野菜だったら食べられるよ”って言ってくれたりするとうれしいですし、作っていてよかったなと思いますね。

水耕栽培の野菜は路地ものに比べて苦みやエグみが少ないので、生で食べられるのが一番の魅力だと思います。小松菜は湯がいたりせずにそのまま野菜スティックのように食べてもおいしいですし、小ネギは食べたあとに嫌な辛みが残りません。野菜に抵抗感を持っているような人にも気に入ってもらえるような野菜を、これからも作っていきたいです。」

お父様も喜んでいらっしゃるのでは?と聞くと、“内心は喜んでいるんじゃないですかね。聞きませんけど。”と笑う美華さん。スタートから3年が経ち、いよいよこれから、生産者として大きく飛躍する時を迎えています。

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有限会社光
福島県郡山市大槻町字南原75-1
Tel 024-953-5560
Fax 024-953-7452

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<柳田さんの野菜が買える場所>

■愛情館
福島県郡山市朝日2丁目3-35
Tel 024-991-9080
http://www.fs.zennoh.or.jp/product/aizyokan/

■ヨークベニマル(産直コーナー)
https://yorkbenimaru.com/store/fukushima/

取材日 2020.5.12
Photo by 佐久間正人(佐久間正人写真事務所
Interview / Text by 髙橋晃浩Madenial Inc.
著作 郡山市(担当:園芸畜産振興課)