#45 「良いところは残しつつ時代に合わせアップデートを」。未経験から飛び込んだ肥育農家3代目の挑戦。
肥育農家
佐々木顕仁さん
福島県産の牛肉の中でも、脂肪の混ざり具合や肉のきめ細かさで特に優れた黒毛和牛だけが名乗ることができる「福島牛」のブランド。そこからさらに高い肉質であることを示す4等級以上の肉は「銘柄福島牛」として市場で高く取引されます。
ここ20年ほどで急速に宅地や商業地の開発が進んだ郡山市の八山田エリア。その外れに、開発の時の流れをひととき忘れさせる風景が残っています。佐々木顕仁さんは、この地で半世紀以上続く肥育農家(家畜市場で子牛を購入・飼育し食肉処理施設に出荷する生産者)の後継者。3棟ある牛舎に約85頭の牛を飼い、餌や健康の管理に日々取り組んでいます。
郡山のブランド牛というと「うねめ牛」が知られていますが、すべて雌牛であるうねめ牛に対し、佐々木さんが育てる牛はすべて去勢された雄牛です。一般的には雌牛のほうが肉質が柔らかいとされますが、去勢牛はホルモンバランスが変わることで雌牛に劣らない柔らかさと味わいを持つといわれています。
佐々木さんの牛舎を訪ね、肥育農家としての日々の取り組みや仕事への思いを聞きました。
一頭あたり10kg、1日4時間の餌やり作業
佐々木さんは市内池ノ台の生まれ。大学時代を関東で過ごした後、帰郷して就いた仕事先で奥様の慶子さんと出会いました。慶子さんの実家は、八山田の地で代々続く農家。古くからコメ作りを手掛け、畜産もお爺様の代から続けてきました。その家の3人姉妹の長女である慶子さんと結婚することはすなわち、肥育農家を継ぐことを意味していました。
慶子さんの実家で生活するようになってからしばらくは、市内のインテリアショップで働きながら休みの日に牛の世話をする日々。2017年に専業となり、現在は、慶子さんのご両親である利定さん、康子さんご夫妻と共に牛の世話にあたっています。繁忙期には慶子さんも作業に加わります。
「妻は小さい頃から“あんたは農家をやるんだよ”って言われていたそうです。だから、将来的には自分もこれを仕事にするのだろうと思ってはいました。でも、結婚当時にそこまでの決意があったかといえば、正直そうではなかった。特に最初の頃は勝手がわからないので、体力面だけでなく、勝手がわからないから気持ち的にも疲れましたね。」
餌やりは、朝に2時間、夕方にも2時間ほどをかけ、一頭あたり10kg弱の飼料や藁を与えます。電動の飼料運搬機を使いますが、単純計算で毎日800kg以上の餌を与える重労働です。田植えや稲刈りが重なる時期はさらに体に負担がかかります。
「餌やりをしてから田んぼ作業をする。その繰り返しになるため、田植えも稲刈りも他の農家より時間がかかるんですよね。餌やりの4時間があれば田んぼの作業もけっこう進むので、その時間がどんどん溜まっていってしまうんです。」
最初の2~3ヵ月で「しっかり食べられる腹」を作る
肉用牛の生産者は、母牛に子供を産ませ育てる繁殖農家と、繁殖農家が育てた子牛を競り落として育てる肥育農家に大きく分かれます。子牛は繁殖農家のもとで9ヵ月ほど育てられ、畜産市場で競りにかけられます。佐々木さんが育てる牛も、本宮市にある福島県家畜市場で競り落とされた牛ばかりです。
これまでは慶子さんのお父様の利定さんが、長い経験を生かした目利きで優れた牛を見極め、子牛を競り落としてきました。しかし最近は、利定さんが競りに参加できない時などに顕仁さんが代わって競りに参加することも増えてきたそうです。一番の目安となる血統をチェックしたうえで、何百頭も並んだ子牛を一頭一頭見ながら、脂のつき具合や毛並み、背の高さ、胴の幅などを見て競り落とします。
その目利きの力もあり、佐々木さんの牛は県内外の共励会(食肉市場で優秀な枝肉を表彰する品評会)においてこれまで何度も最優秀賞の栄誉に輝いています。
また、その品質の秘密は、子牛を競り落としてからの飼育方法にもあります。
「最初の2~3カ月でしっかり食べられる腹をつくることを大切にしています。腹をつくらないとたくさん食べられないので大きく育ちませんし、いいサシも入りません。藁を食べさせることも大事です。特に子牛は藁をたくさん食べますが、それによって腸内環境が整い、しっかり食べる腹づくりにつながります。その最初のところでしっかり手をかけてあげることが大事だと思っています。」
飼育のトレンドに流されず、しっかり育てて送り出したい
せっかくの目利きの力があっても、その後の管理が悪ければ、賞を獲るような牛は育ちません。命にかかわるような病気にかかってしまうこともあります。そうしたことを避けるため、佐々木さんは日々どのようなことを心がけて牛と触れ合っているのでしょうか。
「まずは何より、観察を怠らないことです。しっかり食べているか、糞や尿はちゃんと出ているか、元気に動いているかといったことを確認します。人間も同じですが、朝の餌やりの時に座っていた牛が夕方もまた同じところに座っていたとしたら、どこか具合が悪い可能性がありますよね。そうしたことをなるべく早く見るようにしています。」
従来は30ヵ月以上飼育し出荷される肉用牛。しかし最近は、26~27ヵ月程度で出荷することでコストを抑え経営を安定させようとするのが、肥育農家のトレンドとなりつつあるそうです。しかし、佐々木家では今も30ヵ月以上の時間をかけてじっくり成長させています。
「長く飼育すれば、より熟成された肉質の牛に育ちます。短期間で育てることの良さもありますが、うちはしっかり最後まで育てようという方針。そこは父の肉質へのこだわりでもあると思います。それに、自分たちの目利きで選んだ牛ですから、トレンドに流されず、しっかり面倒を見て送り出したいという気持ちもあります。」
自分で競り落とした牛がちゃんと育つかはやっぱり気になるという佐々木さん。人懐こいなど特徴ある牛には、奥様と共にニックネームを付けるなどして成長を見守っているそうです。
「ペットではなく経済動物ですので、愛着が湧いてしまい出荷が悲しいということはありませんが、少しでも具合悪いとやっぱり気になりますよね。だから、無事に出荷できた時には心からほっとします。」
息子が「継ぎたい」と言った時のために基盤を整えたい
肥育農家としてのこれからについて佐々木さんは、「父がやってきた良いところを残しつつ、時代に合わせてアップデートすべきところは変えていきたい」と語ります。作業効率を上げるために3つに分かれている牛舎を一つにまとめ、それに合わせて飼育頭数を増やすイメージも頭の中にはあります。その先にあるのは、この仕事の未来への思いです。
「私たちから“継げ”と言うことはありませんし、自分の人生なので無理にやれとは言いません。ただ、代々続いて来たものをここで終わりにしてしまうのはやっぱり寂しいですから、もし息子が私の背中を見て“継ぎたい”と言ってくれるのなら、その時のための基盤はしっかりと作ってあげておかなければならないと思います。」
また、次の世代が活躍する時代も福島牛がブランド牛として愛される存在であるよう、その価値を高めたいという思いも持っています。
「福島の農産物には、いまだに抵抗を持っている人がいると思います。そうした人々に少しでも伝わるように、福島牛をもっとアピールできる機会があればと思っています。今は私たち生産者が自分の声で発信していくべき時代だと思いますので、郡山のもの、福島のものの良さをもっと伝える術を考えていければと思っています。」
佐々木顕仁
福島県郡山市富久山町八山田
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