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♯38 40代1,200年続く旧家を受け継ぐ気鋭の経営者。震災を経て辿り着いた「必要とされるものを作る」農業

株式会社なかた農園
中田幸治さん

郡山市内で収穫される農産物の中には、市や県の枠を飛び越え全国の多くの人々の食を人知れず支えるものもたくさんあります。5年目を迎えたフロンティアファーマーズ。今年度第一回にご紹介するのは、そんな野菜を作る「なかた農園」の代表、中田幸治さん。25名の従業員を抱える気鋭の農業経営者です。もしかしたら、これを読んでいるあなたも一度は、中田さんが作ったネギを食べたことがあるかもしれません。

40代、1200年を超える歴史を持つという旧家に生まれ育った中田さん。彼は今、その歴史を受け継ぎつつ、先祖代々の誰とも違う新しい思考と発想で農業と向き合っています。その想いを聞きに、中田さんのネギ畑を訪ねました。

父の病気を機に30歳で農業の道へ

江戸時代に整備された五街道の一つ、奥州街道。中田さんは、その街道沿いに位置する旧家に生まれました。江戸時代には福原宿と呼ばれる宿場があったところで、今もその家並にかすかに宿場町の面影を残しています。中田さんがお父様から聞いた話では、中田家の歴史は30数代続く近所の寺よりもさらに古いそうです。

中田さんは、この地で代々農業を営んできたそんな歴史ある家の長男。しかし、家を継ぐプレッシャーを両親からかけられたことは一度もなかったといいます。

「親は、いずれ農業をやるにしても一度は勤めに出て欲しいと思っていたようです。むしろ、じいちゃんやばあちゃんから言われましたね。“お前は位牌持ちだかんな”って。親よりも、その周りの人たちからのプレッシャーのほうが強かったかもしれません。」

大学卒業後は宮城県のJA全農(全国農業協同組合連合会)に勤めていた中田さんですが、2005年に実家に戻る決意をします。きっかけはお父様の病気。ちょうど30歳に差し掛かる頃、自分と同じように地元を離れていた仲のいい友達が郡山に戻り始めていたタイミングでもありました。

「それまでは、父親がいるところで一緒に生活するのは気が引けるような気持ちがありました。一方では“家を継ぐべきではないか”という気持ちもあって、揺れていたんです。

親子で農業をやっている家はどこもそうだと思いますけど、子供が農業を始めれば多少なりとも意見がぶつかるじゃないですか。そういう理由で仲を悪くしたくないし、居心地悪い思いをしたくないという気持ちが強かったんです。でも、病気ということなら継ぐしかない。もし父親が病気をしないで今も元気だったら、今こうして話をすることもなかったかもしれません。」

作ることの意識を変えた東日本大震災

実家に戻り農業を始めるとはいえ、経験もなくお父様も頼れない状況でのスタート。独学に加え地元の先輩生産者との交流も深めながら、さまざまな作物にトライし生産者としての道を模索します。

「なかた農園は今でこそネギ屋というイメージですが、僕が帰ってきた時にやっていたのは米とイチゴだけ。いわゆる家族経営で、父親と母親と祖母の3人で夏場は米を作り、冬場はイチゴを作る。それだけでした。
でも、せっかく新しく始めるならと思い、最初はいろいろな野菜を作りました。鈴木農場の鈴木光一さんには同じ大学の先輩後輩ということもあっていろいろ教えていただき、郡山ブランド野菜もいくつか手掛けました。技術はまだまだでしたけど、直売所に出せばそれなりに売れ行きも順調でしたし、お客さんもついてくれていました。個人農家のレベルでいえば、それなりに軌道に乗ってはいたんです。」

ところが2011年、東日本大震災の影響で、他の生産者と同様、中田さんも大きな打撃を受けます。作っても作っても野菜が売れない日々。その中で、中田さんの野菜作りの意識は大きく変わります。

「作りたいものをただ作るのではなく、売れるもの、市場に求められるものを作らなきゃならないと思ったんです。自分が作れるものの中にそういうものがあるかと考えた時、唯一可能性を感じたのが加工用のネギでした。まだまだ技術がありませんでしたから、桐箱に入るようなきれいな野菜は作れない。でも加工用だったら、多少形が悪い野菜でも買ってくれるだろうと。特に、一度植えたら二度、三度と収穫ができる葉ネギは収益性から見ても魅力的でした。」

6月中旬に初物が採れてから年末まで継続的に収穫ができる葉ネギをベースに一本ネギも手掛け、新しい生産スタイルを構築。徐々に収量が安定し、品質でも評価されるようになった中田さんのネギは、加工用として県内はもちろん首都圏へも広く流通されるようになっていきました。現在は、讃岐釜揚げうどんチェーン店の刻みネギとしても使われています。

土を維持し水を維持する。それが農家の責任

農業を始めてから10年が経った頃、大手チェーンとの契約栽培を続ける中で、中田さんは事業の法人化を考えます。偶然手にした長野の農業経営者の本に影響を受けたり、ふるや農園や鈴木農園など地元で農業の法人化に成功している先輩からアドバイスを受けたりするうち、中田さんは一つの気づきを得ます。

「愛される会社、なくてはならない会社、潰れてほしくない会社、儲かっている会社。世の中にはいろいろな会社がありますが、そういう会社や経営者はみなそれぞれに独自の哲学を持っていることに気づきました。農業と向き合ううえでの哲学がなければ永続的な繁栄はできない。また、新しく見えることをやっていても、その発想は意外と古典的であることも知りました。」

そんな中で中田さんが辿り着いた経営者としての答え。それは、100年先も続く会社をつくること。そんな思いのもと、2015年に株式会社なかた農園を立ち上げます。

「収量を上げるだけ、儲けるだけを考えれば、いくらだってできるんです。やる気になれば3トンの収量を5トンにも6トンにもできる。大事なのは、それを永続的に続けられるかということです。それはつまり、土を続けられるかどうかということ。土を維持していく。ひいては、水系を維持していく。それが農家の責任だと思っています。」

その責任感は、中田さんの畑に入るとすぐに私たちに伝わります。踏み込んだ足に感じる、ふっくらとした土の感触。「バイオスティミュラント」と呼ばれる、植物や土壌により良い生理状態をもたらすさまざまな物質や微生物を含む資材を取り入れ、植物にストレスのない土を育てています。2021年からは米ぬかを主体に酒かすと魚かすを自ら調合した自家有機質肥料も作り始めました。

「野菜に必要なものを必要以上に野菜から奪わないことが、生産における僕の考え方です。それで言えば化学肥料も必ずしも悪いものとは言えませんし、時には必要なものだとも思っています。それでも、化学肥料にはなるべく依存せず、天然のものやその土地由来のものを使って、環境に優しい栽培方法を心がけています。」

父の代から続く「農福連携*」の取り組み


*農福連携…障害者等が農業分野で活躍することを通じ、自信や生きがいを持って社会参画を実現していく取組です。農福連携に取り組むことで、障害者等の就労や生きがいづくりの場を生み出すだけでなく、担い手不足や高齢化が進む農業分野において、新たな働き手の確保につながる可能性もあります。

(引用:農林水産省ホームページ)

中田家では、お父様の代から障がい者を農作業のアルバイトとして雇ってきました。現在は主にネギの収穫作業を手伝ってもらっています。

「父は、障がい者をただ雇うだけではなく、自立させていくことを目的にしていました。その考えは僕の代になっても変わりません。農福連携はそう簡単にできるものではありませんが、少なくともうちの作業を円滑に進めていくうえでは非常に助かっています。

相互扶助の精神が農家の根幹であり、農家の根底に流れる価値観だと僕は思っています。仮に従業員が独立するようなことがあったとしても、彼らが困った時には救いの手を差し伸べる。農家ってそういう生き物だと思うんです。障がい者の雇用もその一つだと思っています。」

「中田ではなくネギ屋さんと呼ばれる。そういうのっていいなと」

2022年の出荷量の目標は、青ネギがおよそ180トン、一本ねぎは100トン~130トン。合わせて約300トンの出荷を計画しています。

「買ってもらえるもの、必要とされるものを作るというのが、農家としての僕の大前提です。本当のことを言うと、作るのが一番得意なのはトマトなんですよ。イチゴも得意です。でも今はネギ屋さんと呼ばれる。中田ですと言ってもあんまりピンとこない人でも、ネギ屋ですっていうと“なんだ、ネギ屋さんか”となる。屋号がネギ屋というか。そういうのっていいなと思っているんです。」

今後は郡山の枠を超え、浪江町でも新たにネギづくりを計画しているといいます。

「双葉郡には7,000ha以上、そのうち浪江町には2,000ha以上といわれるまとまった農地があるのに、そこに人が戻ってくるような農業政策があまり進んでいない現状があります。我々法人にはその土地を活かしていく使命があると考えました。まずはうちの看板であるネギを作付けして地域で知っていただきます。その後は他の加工野菜や飼料を生産するなどして事業展開し、3年後には軌道に乗せる計画です。浪江の周辺では大規模な畜産事業も始まろうとしていますが、その餌はほとんどを輸入に頼っています。せっかく土地があるなら、牛の餌もそこで作るべきだと思うんです。」

郡山でも浪江でも、中田さんの想いは一つ。消費者に、そして社会に必要とされるものを作ること。その哲学を胸に、今日も中田さんは農業と向き合います。


株式会社なかた農園
福島県郡山市富久山町福原字福原42
TEL 024-938-5303
https://nakata-farm.co.jp


<中田さんのネギが買える店>

■旬鮮直 食材しのや
福島県郡山市桑野3-15-6 クローネ郡山Ⅱ101
TEL 024-954-8339
https://www.instagram.com/syokuzai_shinoya/

<中田さんのネギが食べられる店>

■居酒屋しのや 郡山駅前本店
福島県郡山市中町11-1 クラブ第一ビル1F
TEL 024-983-0081


<動画>ショートムービーをご覧ください。

2022.8.29 公開
Interview / Text by 髙橋晃浩 (マデニヤル)
Photo by 佐久間正人(佐久間正人写真事務所
Movie by 杉山毅登(佐久間正人写真事務所
著作 郡山市(担当:園芸畜産振興課)


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