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#10 「うちのブドウだけで作ったワインを飲みたい」―44年のノウハウを活かして挑むワイン用品種栽培

中尾ぶどう園
中尾秀明さん

果樹王国・福島における6次産業化推進を目的に、公益財団法人三菱商事復興支援財団の支援のもと2015年に完成した「ふくしま逢瀬ワイナリー」。郡山の市街地から湖南町へと抜ける三森峠のふもとで、果実酒の生産から醸造、販売までを一貫で企画運営しています。2016年からシードルやリキュールの販売をスタート。2019年にはいよいよ郡山産ブドウを使ったワイン「Vinヴァン de Ollageオラージュ」が発売され、ワイナリーとしての実績を少しずつ積み上げています。

現在、「Vin de Ollage」に使用されるぶどうは市内の複数の農家によって栽培されていますが、その中でもとりわけ品質が高いとワイナリーから評価されているのが、中田町の中尾秀明さんが育てたブドウ。それもそのはず、中尾さんはお父様の代から40年以上もブドウを生産し続ける、郡山におけるブドウ栽培のエキスパートの一人です。

とはいえ、ワイン用ブドウの栽培に中尾さんがチャレンジし始めたのは2016年のこと。生食用のブドウ栽培においては百戦錬磨でも、品種が変わればまったく違う気配りが必要であり、今も学びながら品質の向上に努めていると言います。

郡山でブドウを大々的に栽培する農家は多くはありません。その中で、中尾さんやお父様はどのようにブドウ栽培のスキルを身につけ、向き合ってきたのか、ワイン用ブドウに取り組む中でどのような夢を持っておられるのか。収穫間近のブドウ園にお邪魔し、お話をうかがいました。

祖父が始めた農業、父が始めたブドウ栽培

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中尾家が農業を始めたのは比較的最近で、2世代前、お爺様の代からだそうです。ひいお爺様は石工いしくとして、墓石や仏塔を彫って生計を立てていました。

「それまでは石屋だったはずが百姓を始めたりして、じいちゃんは不器用だったのかなぁ。でもこの辺は山ばっかりだから大きな百姓はいなかったし水の便も悪かったですから、農業と言っても田畑より葉タバコと養蚕が中心で、決して楽ではなかったと思います。

じいちゃんが農業を始めてからも、ひい爺ちゃんは石屋を続けていて、親父は農業ではなく石屋を継ぐつもりだったみたいです。結局は農家をやることになったわけですけど、その頃はもう養蚕も下火だったし、じゃあこの辺で何を作ったらいいんだということで市役所や農林事務所と話し合って、その中で“中田あたりの気候にはブドウが合うんじゃないか”という話になったらしいです。」

気象庁のホームページによれば、郡山市の年間平均降水量は1,163.2mm(1981~2010年の平均値)。全国平均はおよそ1,700mmとされていますので、郡山は全国的に見て比較的雨の少ない地域です。ブドウの木は一般的に耐水性が低いとされるため、降水量が少ない郡山の気候はブドウ栽培においては確かにプラスであると言えます。また、中尾さんのブドウ畑がある一帯は標高が約300mあり、その環境が生み出す寒暖差が果実に深い甘みを与えます。こうした地理的条件がブドウ推奨の裏付けとなったのでは、と中尾さんは話します。

とはいえ、ブドウは植えてから実をつけるまでに3年を要する上、実ったからと言って最初から品質の高いブドウができる保証もありません。当時のブドウ市場で一番の売れ筋は、品種改良によって生まれた新品種「高尾」。中尾さんのお父様もさっそく高尾の生産にチャレンジしますが、新しい品種だけに栽培方法が確立されておらず、ずいぶん苦労したそうです。福島県におけるブドウ栽培の先進地、福島市飯坂でいち早く高尾の栽培に成功していた名人であり、福島のブドウ界のレジェンド的存在であった渡辺松之丞さん(故人)に教えを乞うなどして少しずつ技術を高めました。軌道に乗り出したのはスタートから10年以上が経ってから。努力によって高められた品質は徐々に評判を呼び、今では県内外に多くのファンを獲得しています。中でも高尾の品質は折り紙付きで、今も中尾さんが栽培する生食用ブドウの約95%が高尾で占められています。

アグリサポーターとの会話が仕事中の楽しみの一つ

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中尾さんが3代目として新規就農したのは22歳の時のこと。大学で農学を学び、卒業するとすぐに家業に打ち込みました。

「長男ですから、子供の頃から“お前が後を継ぐんだぞ”って親戚中から刷り込まれていましたね。もちろん反抗心を持った時期もありましたよ。“好きにやらせてくれ”みたいな。でもちょうど私の世代は就職氷河期の真っ只中で、周りの友達は就職試験を受けても全然受からないんです。そのぶん、私は農学科に行かせてもらって進路はもう決まっていたようなものでしたから、あの時ばかりは家業のありがたみを感じました。」

就農以降はご両親と家族経営で農業に取り組み、ブドウ畑は3ヶ所、2.7haにまで拡大。一方では、高齢化で生産できなくなった近隣の農家から頼まれるなどしてコメ作りも拡大しており、中尾さんにとって今もっぱらの悩みは人手の確保だと言います。

そこで中尾さんが頼りにしているのが、「アグリサポーター」と呼ばれる人々。郡山市では、高齢化が進む中、農作業が集中する時期に栽培管理作業を手伝うことができる人材の育成を図るため、「アグリサポーター育成講座」を開催しています。そうした講座を受け農業の基礎知識を身につけた人達の協力を得ることで、6月初旬から秋の収穫期にかけての繁忙期を乗り切っています。

「どこの世界も人手不足だと思いますが、最近は農家にまでその影響が及んでいるように感じます。特に生食用ブドウの栽培では、品質や糖度を上げるための間引き、袋掛け、収穫などを一房ごとに手作業でやりますから、どうしても人手が必要になります。そこで、6月以降はほぼ毎日10人以上のアグリサポーターさんに作業を手伝ってもらっています。頼み始めてもう15年ぐらいになっかなぁ。ほとんどは勤め先を定年退職した方々ですけど、みなさんすごく元気ですし、人生経験を重ねていろいろなことを知っているぶん話もおもしろい。仕事をしながらみなさんと話をすることが、作業中の一つの楽しみになっています。」

「商品は少し余るぐらいがちょうどいい」

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しかし、中尾さんがブドウ農家として一番辛さを感じるのは人手が足りない時ではなく、不作などによってお客様にブドウが届けられない時だと言います。

「2年前は、梅雨は空梅雨、梅雨が開けたら毎日雨で、ひどい不作だったんです。そういう天気だと糖度は上がらないし、実は割れて腐ってしまう。収穫量が落ちて、注文を受けてもお断りしなくちゃいけない状況が続きました。もう本当にお客さんに申し訳なくて、ご飯も食べられないぐらい参っちゃって。去年は逆に少し商品が余りましたけど、個人的には余ったぐらいのほうが精神的にいいですね。

震災の年には、収量の4割ぐらいの房を収穫前に落としました。ブドウより先に出荷されるさくらんぼや桃の売れ行きを聞いていたので、売れないことは覚悟していたんです。それならいっそ落としてしまおうと。そのほうが、木への負担も私たちの手間もかからないですからね。

うちのお客さんは、中田町、田村町、三春町、須賀川市あたりの人達がほとんどです。そのお客さん達が知り合いに贈答品としてうちのブドウを送って、それを気に入って個人的に買ってくれる人が県外に増えていく、そんな感じでお客さんを増やしてきました。でもやっぱりあの年は県外からの購入がずいぶん減って、案の定、4割ぐらい落として正解でした。一回離れてから戻ってこないお客さんもいらっしゃいますけど、そのぶん新しいお客さんも増えましたし、ようやく震災前の出荷数に戻ってきた感じですね。」

ワイン用ブドウづくりは「もはや自分のため」

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冷害や遅霜やひょうの被害も経験し、震災や原発事故の逆風にも耐えて、農家となって節目の20年を迎えようとしていた頃、逢瀬ワイナリー開設の話題が中尾さんの耳にも届きます。これが、ブドウ農家として中尾さんの心に火を灯す一つのきっかけとなりました。

「まだ逢瀬ワイナリーができる前、三菱商事から逢瀬ワイナリーに出向して事業リーダーをしていた中川剛之さんという方に“郡山産のブドウでワインを作ってみたい。郡山で40年やってきたノウハウを活かしてぜひ協力してほしい”という話をいただいたことで、ワイン用品種の栽培を決意しました。中川さんの熱意がものすごく伝わってきてうれしかったですし、親を継いで20年ブドウを作ってきた中で、今までやっていないことに挑戦したいという気持ちもあった。これはおもしろそうだと思ったんです。」

ゼロからのスタートは大きなチャレンジでもありましたが、「やるからにはいいものを」という決意のもと徐々に作付面積を広げ、日本でも広く知られる品種である「メルロー」や「シャルドネ」に加え、ワイン愛好家の間で近年人気が高まっている「リースリング」という白ワイン用品種の栽培にも取り組んでいます。リースリングはまだ日本ではそれほど作られていない品種だとか。郡山でどのように育ち、どのようなワインに生まれ変わるのか、非常に興味深いところです。

もともとお酒は好きだったものの、ワインの嗜みはなかったという中尾さん。ブドウ作りへの学びが高じて、ワインそのものの勉強も始めたとか。「もはや自分のためですね」と言って笑いますが、その先に見据えるブドウ農家としての夢を語るその目は、輝きに満ち溢れていました。

「やっぱり自分で作ったものでお酒ができるというのは魅力的ですよね。誰より私自身がそれを飲んでみたい。去年やっと最初の収穫をしたばかりで、何もかもこれからですけど、どこのブドウでもいいというのではなく、うちのブドウだけで仕込んだワインを作ってもらえるような品質を実現したいですし、いつかそれを味わいたい。それが今の私の大きな夢です。」

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中尾ぶどう園
福島県郡山市中田町高倉字羽廣141
Tel 024-943-4173
Fax 024-905-6098
※直売所あり

取材日 2019.8.26
Photo by 佐久間正人(佐久間正人写真事務所
Interview / Text by 髙橋晃浩Madenial Inc.
著作 郡山市(担当:園芸畜産振興課)


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