#35 大の野菜嫌いが御前人参に魅せられ専業農家へ。先人達が育てた土の力で日本一の人参を作る
株式会社agrity
小野寺 淳さん
「磐梯おろし」とも呼ばれる冷たい西風にさらされる冬の郡山盆地。その風は時に荒ぶり人々を悩ませますが、こと農業においては、風の冷たさが甘みの豊かな冬野菜を育てることにつながっています。
郡山市逢瀬町で野菜やコメを育てる小野寺淳さん。彼が農業に邁進するきっかけとなったのは、まさにそんな寒風の中で育つ甘さ際立つ郡山ブランド野菜「御前人参」との出会いでした。
兼業でスタートし、会社を設立して専業へ。さらに自ら育てた野菜を使ったレストランをオープンするなど、この10年でさまざまな挑戦を積み重ねてきた小野寺さん。農業にかけるその想いを語っていただきました。
野菜も、この土地も大嫌いだった
兼業農家の次男として逢瀬町に生まれた小野寺さん。子供の頃から田植えや稲刈りの時期には手伝いに駆り出されましたが、実家が農家であることを意識したことはなかったそうです。野球に没頭した高校時代のあと、東京での5年間のアルバイト生活を経て地元へ戻り就職・結婚しますが、自分が農業の道へ進むことなど思ってもみなかったと言います。
「そもそも子供の頃から農業が好きではありませんでしたからね。野菜も大嫌いでしたし、この土地の寒さも嫌い。早くこの町を出たいとさえ思っていました。」
そんな人生の流れが変わったのは2013年のこと。お父様が亡くなられたのをきっかけに兼業で農業を始めることになります。
「土地もある。機械もある。じゃあ誰が農業をやるのかといった時に、自分しかいないだろうと。代々守ってきた土地を荒らしておくわけにはいかないというプレッシャーも感じました。でも、機械の乗り方もわからなければ、どの時期に何をやればいいのかもわからない。地域の人や農業をやっている友達に習いながらのスタートでした。」
専業農家の道を決断させた御前人参の衝撃
いわば仕方なく始めた農業。そのスタンスが大きく変わったのは、郡山ブランド野菜の「御前人参」と出会ったことがきっかけでした。
「筋金入りの野菜嫌いだった自分にとって、御前人参の味は衝撃的でした。初めて経験する甘さで、30代も半ばになって初めて野菜のおいしさを知ったんです。それ以来、肉中心だった自分の食生活が一気に変わりましたし、自分も農家としてこういう野菜を作りたいと思うようになりました。」
鈴木農場の鈴木光一さんを中心とする郡山ブランド野菜協議会のメンバーとの交流などを通して郡山の野菜のポテンシャルの高さに魅せられた小野寺さんは、専業で農業に携わる決心をします。勤めが休みの日を使って全国各地の農家を訪ねて勉強を重ねつつ、郡山市園芸振興センターの「こおりやま園芸カレッジ」に通って知識を身につけ、2016年から御前人参の栽培をスタート。2017年には農業生産法人「株式会社agrity」を設立し、専業農家としての新たなスタートを切りました。
「でも、家族は全員大反対でした。震災の影響も考えると余計に心配だったのだと思います。それでも自分がやりたいことを押し通してしまったので、専業になってうれしい反面、中途半端に取り組んではダメだと身が引き締まる思いでした。」
人参を育てる農地は逢瀬町内に現在7ヵ所。全国の農家さんとの出会いや園芸カレッジでの学びを通じ「野菜の味を決めるのは土だ」と感じたことから、町内をくまなく歩きまわって畑や遊休地の土質や水はけを調べ、自分が目指す人参に最も適した土地を探しました。
その中には、標高700m~800mの高地に位置する畑もあります。高地の畑では、夏場向けの人参やレタスなど高地の環境に適した野菜を栽培。2018年にはその夏人参が、見た目や産地だけで判断されがちな野菜の出来映えを数値化し評価するコンテスト「オーガニック・エコフェスタ」の夏人参部門で全国最優秀賞を受賞します。夏人参栽培1年目での快挙でした。
「賞をいただいたことでようやく家族も農業をやることを納得してくれました。でもあの賞は決してビギナーズラックではなく、いろいろな方々に栽培のコツを教えていただいたこと、また土地や野菜の特性をしっかり調べ上げて作付けしたことを考えれば、当然の結果だったと思っています。」
作った野菜がお客様の口に入るまでが農業
受賞と同じ2018年、小野寺さんはさらに新しいチャレンジをスタートさせます。須賀川市にベジタブルレストラン「Blue Bee」をオープン。翌2019年には同じく須賀川市内にBlue Beeのカフェもオープンさせ、自ら育てた野菜を自ら経営する店で提供するスタイルを構築します。レストランでは、自慢の人参を高圧で絞ったコールドプレスジュースを提供。無加水・無加糖とは思えない甘さとなめらかさで人気です。
「作った野菜がお客様の口に入るまでが農業であり、そこまで責任を持つのが農家のあるべき姿だと考えています。レストランの経営はその手段として最適だろうと考えました。自分の野菜を食べて “おいしい”と言っていただくことが、やはりレストランを経営する中での一番の喜びです。」
レストランの一角には野菜の販売コーナーも設置。いずれはこのコーナーを地域の若手生産者にも開放して地元野菜のファンを増やし、生産者とお客様のつながりを作っていきたいと言います。
「私自身、流通や販売のことを何も知らずに農業の世界に飛び込んだので、最初の頃はまったく野菜が売れず、せっかく楽しさや誇りを感じて農業を始めたのにくじけそうになった経験がありました。だから、これからこの地域で農業に取り組む新規就農者のみなさんが少しでも安心して野菜を作れるよう、販売の仕組みを作っておきたいんです。」
先輩方が育ててくれた土を受け継ぐ
小野寺さんに続く存在という点では、2020年から長男の洸舞さんが父の背中を追い共に畑に立つようになりました。
「私が勧めたのではなく、息子から“農業をやる”と言ってくれました。私の仕事から何かを感じ取ってくれたのかもしれませんね。
ただ、私のやり方をそのまま真似して欲しいとは思っていません。自分で勉強し、自分で吸収して、自分が自信を持てるものを作って欲しい。後継者というよりライバルとして、いつか味で競う関係になれたらうれしいですね。」
農薬や肥料を使わず自然栽培で野菜を作る小野寺さん。その理由は単に体にやさしい野菜を育てるためだけでなく、その土地に合った作物を育てたいという小野寺さんの意識の表れでもあります。
「“有機ありき”ではなく、どういった方法を取れば一番おいしい野菜ができるかを考え、自然に有機に辿り着きました。特別に何かを加えなくてもおいしいものが育つ。逆に加えてしまっては野菜の良さが失われてしまう。逢瀬の土にはそんな力があると思いますが、それはこの土地の先輩方が何代にもわたってこの土を育て続けてくれたからです。そうして受け継がせてもらった土地を今度は自分達が育て、いい野菜を作ることで地域を活性化していけたらと思っています。」
かつては嫌いだった逢瀬の風土は今、小野寺さんの野菜作りにおいてなくてはならない力強い味方となりました。吹き付ける風を体いっぱいに受けながら、小野寺さんは今日も畑に立ち続けます。
株式会社agrity
福島県須賀川市滑川字八方久保100-1
E-mail a.onodera-agrity@aroma.ocn.ne.jp
<小野寺さんの野菜やコメが買える場所>
■ベジタブルレストラン Blue Bee
福島県須賀川市岡東町155
Tel 0248-94-6998
https://xn--zck4a7al8gnc3dydmb.com/
■ECサイト
https://agrity-store.myshopify.com/
<小野寺さんの野菜やコメが食べられる場所>
■ベジタブルレストラン Blue Bee
福島県須賀川市岡東町155
Tel 0248-94-6998
https://xn--zck4a7al8gnc3dydmb.com/
■カフェ Blue Bee
福島県須賀川市高久田境99-1 メガステージ極真カラテ門馬道場内
<動画>ショートムービーをご覧ください。
<放射性物質に対する対策について>
小野寺さんが会社を設立した背景には、風評被害を払拭して福島県の農作物の信頼を取り戻したいという想いもあったそうです。
「今、高地の畑に近い山で原木しいたけを栽培しています。かつてこの地域の山は状態の良い野生のきのこが豊富に採れる場所でしたが、原発事故以降は山が荒れる一方でした。今後は原木しいたけの栽培を通して山を再生させたい。自分の世代でそれに取り組むことで、地域の食文化が受け継がれていけばいいなと思っています。」
現在小野寺さんが出荷する野菜はすべて放射能の検査を受け、安全が確認されています。