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#46 父が育てた土が生み出す甘く瑞々しいアスパラガス。その味を継ぎ、生まれ育った風景を守りたい。

松浦農園
松浦 昇さん

ギリシャ語で「新芽」を意味するアスパラガス。その名の通り、地表に顔を出して数日の新芽のうちに収穫されます。成長し過ぎると硬さが増して食べられなくなるため、生産者はその成長に細やかに目を配ります。

福島県におけるアスパラガスの生産は会津地方で特に盛んですが、郡山でもおいしいアスパラガスが多く栽培・出荷されています。市内田村町守山の松浦昇さんは、郡山を代表する若手アスパラガス生産者の一人。ハウス24棟に加え、6,000㎡の土地を使い露地栽培にも取り組んでいます。

2018年に就農した松浦さん。農業を始めた想いや日々の作業について話を聞きました。

何十年もかけて作った土が生む甘みと瑞々しさ

松浦家は、10代ほど続く古い農家。およそ100年前に現在の土地を拓き、松浦さんが幼少の頃までは養蚕ようさんを手掛けていました。当時の作業の記憶が、松浦さんの脳裏にもまだうっすら残っていると言います。

「その後、養蚕の衰退とともに父はトマト栽培へと転換しましたが、かなり苦労したと聞いています。この辺の農地はほとんどが山を削って拓いた土地で、決して土壌が良いとは言えません。そのせいか、トマトが病気にかかりやすいなど、生産量がなかなか安定しなかったようです。」

そんな時に父・国男さんが出会ったのが、当時郡山市が生産を推奨していたアスパラガスでした。国男さんは、トマトのために建てたハウスを再利用しアスパラガスの生産を計画します。

ところが、当時の郡山では、ハウスでアスパラガスを育てた前例はほとんどありませんでした。「うまくいくはずがない」と否定的な意見もある中、国男さんは、籾殻もみがらや米ぬか、鶏糞や牛糞を混ぜた有機肥料を使い、土づくりからハウス栽培をスタート。結果、アスパラガスは周囲の予想に反してこの土地に根付きました。その味は甘く、一週間経っても変わらない瑞々しさがあります。

「甘みや日持ちの良さは土の良さだと言ってもらえることがあります。もしそうだとしたら、父がその土づくりを何十年もやってきたからだと思います。」

もっと家族と一緒にいられる時間を作りたかった

松浦さんは高校を卒業後、矢吹町の福島県農業総合センター農業短期大学校へ進学。しかし、卒業してすぐには農業に就かず、郡山市内で農機具メーカーの支店や看板製作会社に勤務しました。

「農業を継ぐ意思はありましたが、すぐに継ぎたいとは思っていませんでした。学校に行けば就農しなくて済むし、就職すれば就農しなくて済む。最終的に継ぐことは決めつつ、できれば少しでも先延ばしにしたいと思っていたんです。」

考えが変わったのは、看板製作会社に勤めて4年経った頃。全国的に知られるような大きなイベントで看板の設営作業を手掛けることも多く、やりがいを感じる一方、週の半分以上を首都圏など県外で過ごすことが増えていました。

「仕事を終えて郡山に戻り、ふと家の周りの景色を見た時に、大きな安心感があったんです。子供がだんだん成長して、いろいろなことがわかってくる時期だったことも関係していたと思います。子供の寝顔しか見られないような生活ではなく、もっと家族と一緒にいられる時間を作りたい。この景色の中で、いずれは家族で一緒に作業できるような仕事がしたいと思うようになりました。」

土地は、人が手をかけないとどんどんダメになる

ただ、そう思ってあらためて目にした実家の周囲の風景は、松浦さんが育った頃とは大きく変わり始めていました。

「子供の頃、家の近くの畑や田んぼには、農作業をしている人が必ず何人かいました。でも、そうした姿がほとんど見られなくなっていることに気づきました。みんな年配になって、農業をやめてしまった家もたくさんある。当たり前の風景がなくなることに寂しさを感じました。

土地は、人が手をかけないとどんどんダメになります。もしこのまま自分が農業を継がなかったら、この風景がどんどん荒れてしまって、農業どころか住むことさえできなくなってしまうかもしれない。自分が農業をやれば、この景色や環境を守れるんじゃないかと思いました。ちょうど父がトマトからアスパラに転換して徐々に軌道に乗ってきたタイミングでもあり、やるなら今じゃないかと。

ただ、父には反対されました。自分が苦労してきたから、うれしいけれどやってほしくない。そんな気持ちだったんだと思います。自分にも息子がいますが、やっぱり“継いでほしいけど絶対苦労するよな”って思いますからね。あの時の親父と同じ気持ちを、今になって自分もしみじみ感じています。」

直売所にこだわるのは、お客さんの声が直接聞けるから

松浦さんが栽培するアスパラガスは、福島県の独自品種である「ふくきたる」「ハルキタル」を含む7品種。3月初め頃から収穫を始め、9月中旬頃までシーズンが続きます。出荷先はほとんどが市内の直売所です。直売所へは母・千恵子さんの名前で長く出荷しており、「松浦さんのアスパラ」を目当てに直売所を訪れる人も少なくないのだとか。朝10時に納品したアスパラが連日お昼には完売する人気ぶりです。

出荷作業を担当するのは奥様の智恵さん

しかし、ここまで大規模に生産しながら販路を直売所に絞っている生産者は、他にはあまりいないのではないかと松浦さんは言います。

「うちがなぜ直売所にこだわっているのか。それは、お客さんの声が直接聞けるからです。販路を拡大すれば、そのぶん大きな売上が期待できるかもしれません。でも、販路を拡大してしまうと自分が作ったものがどこに届いているのか把握できなくなりますし、感想を聞くこともできなくなります。作り手として、それではどこか虚しいんですよね。

でも直売所なら、味の感想はもちろん、「待ってたよ」とか「やっと手に入った」といった言葉も聞けます。時には「こないだのは少し硬かった」など厳しい声をいただくこともありますけど、それがより良い味を目指す努力にもつながります。

同じ買っていただくなら、そうした言葉を伝えてくれる人達に届けたい。松浦の名前で買ってくれる人たちを裏切りたくないんです。」

農業は自然や生き物と共存できる仕事


「待ってくれているお客さんにしっかりと届けるためには、まだまだ収量が足りない」という松浦さん。今後、病気が出やすい露地栽培からハウスへの転換を進めることで収量を増やしたいと語ります。一方、南国の作物のイメージが強い青パパイヤの生産に取り組むなど、将来を見据えた新しい取り組みにもチャレンジしています。

「2019年に郡山で水害が発生した時には、うちの田んぼにも土砂が流れ込むなどの被害があって、自然には太刀打ちできないことを思い知らされました。これからの生産者は、そうした自然や気候の変化と共存する方向を考えなければ、今より良いものを作れなくなるだろうと思います。

自然を壊したり他の生き物を排除したりするのではなく、尊重しながら、自分たちが守るべき土地を守っていきたい。そうした共存が実現できる仕事を選ぶとしたら、それはやっぱり農業なのかなと思っています。」


松浦農園
福島県郡山市田村町守山湯ノ川62-1
https://www.instagram.com/matsuura.nm/


〈松浦さんのアスパラガスが買える店〉

■愛情館
福島県郡山市朝日二丁目3-35
TEL 024-991-9080
https://www.zennoh.or.jp/fs/store/aizyokan.html

■あぐりあ
福島県郡山市安積町成田1丁目20ー1
TEL 024-945-7483
https://life.ja-group.jp/farm/market/detail?id=1007

■ベレッシュ ※松浦千恵子さんの名前で出荷
郡山市八山田西1丁目160
TEL 024-973-6388

〈松浦さんのアスパラガスが食べられる店〉

■ダイニングレストラン エテ
福島県郡山市大町1丁目2-16
TEL 024-983-1117
※ブライダル時のみの提供です。
https://www.diningrestaurant-ete.com/


<動画>ショートムービーをご覧ください。

取材日:2023.7.5
Interview / Text by 髙橋晃浩 (マデニヤル)
Photo by 佐久間正人(佐久間正人写真事務所
Movie by 杉山毅登(佐久間正人写真事務所
著作 郡山市(担当:園芸畜産振興課)



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