♯39 「まずは自分が楽しむこと」で生まれる、みずみずしさ際立つ「おとなのピーマン」
floating gold farmers
荒谷瑞穂さん
小野町を含む田村地域一帯は全国有数の葉タバコの生産地。都道府県別の生産量で福島県は毎年上位にランクインし、その多くが田村地域で生産されてきました。しかし、喫煙人口の減少に加えて東日本大震災、さらにそれに伴う原発事故の影響で、葉タバコ農家の数は大きく減少。代わってこの地域で近年大きく生産量を増やしているのがピーマンです。
荒谷瑞穂さんも、生まれ育った小野町でピーマンを手掛ける生産者の一人。2021年から本格的に野菜作りに取り組み、農業から小野町の魅力を伝え広めようと、生産だけでなく生産物を通じた町の活性化にも力を発揮しようとしています。
約1,500もの株が豊かに育つピーマン畑に荒谷さんを訪ね、農業の道に進んだ経緯や日々の働き、将来の夢などをうかがいました。
増える耕作放棄地。「私が何とかしなければ」
荒谷さんの実家は約450年の歴史を持つ地元の神社の宮司を代々務める由緒ある家柄。お父様は宮司職と町役場の職員を長く兼任し、役場を定年退職後は長芋やトウモロコシの生産に従事しています。
「昔は母が片手間に野菜を作る程度で、私はそれを手伝うこともありませんでした。大学進学で上京してそのまま東京で就職したので、まさか自分が畑をやることになるとは思いもしませんでしたね。」
結婚後、ご主人の転勤で札幌を経て仙台へ。福島に近く実家に帰りやすい環境に引っ越したことが、荒谷さんを農業の道へと導くきっかけになります。
「ある時、実家のまわりの風景を何気なく見ていて、耕作放棄地が増えてきていることに気づきました。農業の世界は高齢化が進んでいますから、使われない土地はこれからもどんどん増えてしまう。私自身、ちょうど子育てが終わったタイミングだったこともあり、自分がここで農業をやることで何とかしなければと思ったんです。
両親には反対されましたね。農作業はとにかく大変だから普通に働いたほうがいいって。説得することで親と衝突するのは嫌だったので、こっそり苗を買ってきて、こっそり始めることにしました(笑)。」
いま荒谷さんのピーマンが植えられているのは、地元の友人のお父様がかつて畑をしていたところ。そのお父様が亡くなり使うあてのなくなった、まさに耕作放棄地となったその土地から、荒谷さんのピーマン作りは始まりました。
イチゴを育てるはずが、まさかのピーマンに
「本当はイチゴを育てるはずだったんです。」
そう言って荒谷さんは笑います。しかし、気候との相性や設備投資などを考え断念。地元の農業振興に取り組む田村農業普及所の職員の方から栽培の提案を受けたのがピーマンでした。
「赤くて“映える”イチゴを作りたくて、完全に気持ちがそっちにいっていたので、私にとってはまさかのピーマンでした(笑)。最初は全然やる気にならなくて。だってピーマンって、子供は苦いと言って食べないし、嫌われ者のイメージじゃないですか。テンション上がらないな、しょうがないからやるか、って感じだったんです。」
そんな荒谷さんの気持ちが変わったのは、苦労して植えた苗がだんだん育って花をつけた時でした。
「真っ白ですごく可憐で、健気な感じがして、一瞬で“キュン”ってなって(笑)。私が守ってあげなきゃって思うようになりました。やらなければいけない作業はたくさんあるし、虫に食われたり病気になったりもする。子供と一緒で、ずっと目が離せないし手をかけてあげないとダメな仕事ですけど、子育てが落ち着いたこのタイミングで何かを育てる機会があるのはすごくありがたいと思いました。手をかければかけただけ返してくれるし、自分にとってもプラスになることが多いと思いながら働いています。」
そうして育てたピーマンは、水分を豊富に含んだみずみずしさが特徴。苦みや青臭さは少なく、生でもおいしく食べることができます。
順調ではないこともきっとその先に生きるはず
最盛期には朝4時起きで収穫や出荷の作業に追われる荒谷さん。1日のほとんどを収穫に費やし、夜は遅くまでその選別に追われるといいます。農業の難しさ、奥深さを日々感じながらの作業。その中で励みになるのは、やはり食べてくれる人の存在です。
「以前、お母さんもお子さんもピーマン嫌いというご家族にうちのピーマンをお裾分けしたことがありました。そしたら、お子さんから“荒谷さんのおかげでピーマンをおいしく食べることができました。ありがとうございます”とお手紙をいただいて。その後そのお母さんにお会いした時、2人で涙ぐみながら喜びました。1年目はなかなか寝る時間も取れず、本当にフラフラになりながらやっていたので、本当にうれしかったですね。
1年目は目標の収量には届きませんでしたし、順調と言えるほどではないと思いますが、順調ではないことがきっと翌年以降に生きると思うので、失敗することをマイナスに捉えずに、プラスに変換して頑張っています。」
最近では、採れたてのピーマンをパッケージにしてマルシェなどで販売を始めることもあります。パッケージのラベルは、群馬からお隣の田村市に移住してきた若手のグラフィックデザイナーに依頼してポップなデザイン仕上げました。子供が思わず「あっ!」って目を留めてくれるようなデザインにしたい。そんな思いで作ったラベルには、『おとなのピーマン』の名前が踊ります。
「この名前にしたのは、"ピーマンを食べられるなんて大人の仲間入りだね!"という会話が食卓に生まれたらいいなという思いから。ピーマンが好きって言ってくれるお子さんをどんどん増やしたいです。」
「楽しくないと人って寄ってこないじゃないですか」
ピーマンに加え、トウモロコシ、サツマイモ、大豆、さらに今年からはコメもスタート。サツマイモでは6次産業化を目指し、小野町の新しい名物になるようなスイーツを開発したいと語ります。そこには、地元の将来を憂う荒谷さんの地元への想いがあります。
「小野町では今、高速道路の整備などの開発が進んでいますが、それで盛り上がるというより、むしろみんな小野町を通り過ぎていってしまうと思っているんです。去年は町内で赤ちゃんが30人ほどしか産まれていないという話も聞きましたし、このままでは町がなくなっちゃうんじゃないかと心配しています。最近は町のいろいろなみなさんや地域おこし協力隊の方とも親しくさせていただいて、いろいろなご縁ができ始めているので、みんなでアイディアを出し合いながら、そのアイディアのうち何か一つでも町のために実現できたらいいなと思っています。」
豊かなバイタリティーで農業に取り組む荒谷さん。そのバイタリティーの源はどこにあるのでしょうか。
「そんなにたいしたものではなくて、楽しくやりたいだけなんです。まずは自分が楽しむことが大切かなって。だって、楽しくないと人って寄ってこないじゃないですか。自分が楽しむことで、自分の次の世代の方に農業に興味を持っていただけるようにしていきたいんです。なるべく明るい色の服を着て作業する理由の一つもそこにあって、農業って土にまみれて泥んこになる訳じゃなくて、好きな色・デザインの服を着て、好きな髪型・髪色でできるんだよって若い人たちに思って欲しいんですよね。
でもそのためには、楽しいだけじゃなく、きちんと収益を上げて農業でも食べていける形を作らなきゃいけません。そこはしっかり考えながら、新しいことに先陣を切ってチャレンジして、次世代に農業を繋いでいきたいと思っています。」
昔からいろいろなことに興味を持つタイプで、自然にアイディアが浮かんでしまうという荒谷さん。そのアイディアを一つずつ形にし、楽しみながら町の農業を変えていく。彼女のそんな挑戦は、まだまだ始まったばかりです。
floating gold farmers
福島県田村郡小野町
https://www.instagram.com/mizuho.a/
<荒谷さんのピーマン・とうもろこしが買える店>
■ヨークベニマル小野町店
福島県田村郡小野町大字小野新町字宿ノ後29
TEL 0247-72-2165
https://yorkbenimaru.com/store/details/onomachi/
■ヨークベニマル小野プラザ店
福島県田村郡小野町大字飯豊字柿人63
TEL 0247-71-1449
https://yorkbenimaru.com/store/details/onoplaza/
■ふぁせるたむら
福島県田村市船引町船引字遠表143
TEL 0247-82-4800
https://life.ja-group.jp/farm/market/detail?id=975
■あぐりあ
福島県郡山市安積町成田1-20-1
TEL 024-945-7483
https://life.ja-group.jp/farm/market/detail?id=1007
<荒谷さんのピーマンが食べられる店>
■逸品の店 勇庵
福島県郡山市虎丸町16-2
TEL 024-953-8728
https://ippin-yuan.com/
■Nico Cafe
福島県田村郡小野町飯豊坂東内前16
TEL 050-3695-6079
https://www.facebook.com/profile.php?id=100076109140854
<動画>ショートムービーをご覧ください。