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♯41 「この地の田んぼを減らしたくない―」。安積疏水140年の歴史をつなぐ女性生産者の想い

鈴木農園
鈴木麻友さん

郡山の広く美しい田園風景を支える母なる水路、安積疏水。2022年、通水140年の節目を迎えました。高低差を生かして猪苗代湖から郡山盆地へと流れ下るその水路は市内西部一帯に広範囲に張り巡らされ、郡山を全国屈指の米どころへと育てました。

市内安積町で長く米作りを手掛ける鈴木農園では、そんな安積疏水の豊かな流れに守られながら、代々家族で米作りに励んできました。田んぼは安積町のあちこちに広がり、その面積は62町歩を誇ります。

田んぼにお邪魔すると、若い女性生産者が大きなコンバインを手際良く操縦していました。彼女の名前は鈴木麻友さん。祖父や父の後を追い農業の世界に飛び込み5年。家族経営の鈴木農園のこれからを担う存在として活躍しています。

そんな麻友さんに、米作りに挑む想いや生産者として見据える未来のお話を聞きました。

最初は田んぼの場所を覚えるだけでも苦労

明治政府直轄の農業水利事業の全国第一号として生まれた安積疏水。この開拓に合わせ、郡山には、時代の移り変わりで職を失った約2,000人もの士族が全国各地の藩から移り住みました。麻友さんの実家も入植者の家系だといいます。

そんな歴史ある農家の家系を受け継ぐ祖父や父の姿を見て育った麻友さん。自らも農業に興味を持ち、中学を卒業すると福島県立岩瀬農業高校に進学しますが、動物好きだったことに加え「家とは違うジャンルの農業を知りたい」と考え、畜産コースを専攻。その後、茨城の馬事学校で学び、卒業後は神奈川県小田原市の乗馬クラブに就職しました。動物と触れ合いながら働く日々は充実していたと振り返りますが、クラブの経営状態が思わしくなかったこともあり、約2年の勤務を経て帰郷。実家の仕事に関わるようになりました。

「もちろん作業のことは何もわかりませんでしたが、それよりもまず、田んぼの場所を覚えるのが大変でしたね。うちはあちこちに田んぼがあるので。」

と当時を振り返ります。

農業を取り巻く現状が面積拡大の要因に

鈴木農園の田んぼが点在しているその背景には、今の農業を取り巻く厳しい現実があります。麻友さんの父で郡山市農業委員会の農地利用最適化推進委員を務める雄一さんが、こう胸の内を語ってくれました。

「生産者の高齢化や後継者の問題で米作りをやめようという人から“代わりにやってもらえないかと”と相談を受けることがよくあるんです。それがこの数年でずいぶん増えました。娘が戻ってきた頃にはまだ50数町歩だったのが、今では62町歩ですからね。

最近は資材や燃料の高騰もあって、相談を受けて米を作っても赤字になってしまう可能性があります。でも、知り合いからの頼みだと、やっぱり断るのも申し訳ない気がしてしまうんです。」

農業を取り巻くそんな状況の中にあって自分と同じ道を歩み始めた麻友さんの姿に、雄一さんは、

「やはり家族経営が農家の理想の姿ですから、ありがたいし助かっています。」

と目を細めます。さらに今は、市内の中学校で美術教師をしていた姉の千遥さんも加わり、姉妹揃って家業を助ける大きな戦力となっています。

この地ならではの味を生む安積疏水の冷たい水

麻友さんにとっての米作りの師匠はもちろん雄一さん。かと思い話を聞くと、その教えはかなりの放任スタイルだったようです。

「農業委員会の仕事などであちこちから電話がかかってきてはすぐに出かけてしまう父なので、実はそれほど一緒に仕事をしている感覚はないんです。コンバインも、“ちょっと乗ってみて”みたいな感じで1年目から任されました。“こんなにでっかいのを? うそでしょ?”って思いましたね(笑)。指導があるとしても、“その辺は地盤が緩いから慎重に行けよ”ぐらい。一度、その緩い田んぼではまってしまって、前にも後ろにも行けなくなったこともありました。」

手掛ける品種は、コシヒカリ、ひとめぼれ、それに牛の飼料米となるみずほの輝きの3種類。コシヒカリやひとめぼれはもちろん、「飼料米でさえうちの米はおいしい」と話す麻友さん。その理由は安積疏水の水にあるのではといいます。

「水の冷たさは種や苗の発育に良い影響を与えるといわれます。猪苗代湖から流れてくる水は真夏でもとても冷たくて、ずっと手を入れていられないぐらい。この安積疏水の冷たい水の存在は大きいですね。それに加えて、朝と夜の寒暖差が大きいこの地の気候もおいしさにつながっていると思います。」

収穫した米は、自宅すぐそばに自家所有する「牛庭ライスセンター」で、乾燥、もみずり、玄米袋詰めまでして出荷されます。このライスセンターにうかがうと、祖父の英雄さんが作業をしていました。家族3代、それぞれの役割を担いながら、自慢の米は市場へと送られます。

女性がやりやすいような農業の形が作れたら

米作りに関わって5年。麻友さんは今、どんなことに仕事のやりがいやおもしろさを感じているのでしょうか。

「きれいにピーンと立った稲穂が並ぶ光景を見るとうれしくなります。稲穂をコンバインで刈り取ると、コンバインの後ろのタンクにもみが溜まっていくんですが、気持ちよく籾が溜まっていくその感覚はとても気持ちが良いですし、充実感がありますね。

逆に、寝てしまっている稲を刈るのは本当に難しいんです。でも、いかに上手にコンバインを操って刈り取るか、そこは技術の見せどころでもあるので、それはそれでやりがいがあります。」

後継者不足に悩む地域の生産者からはまだまだ珍しがられ、うらやましがられる存在の麻友さん。しかし、いずれはそんな風潮を変えていけたらと語ります。

「今はまだ、この家の仕事をどうやって回していくかということばかり考える毎日ですけど、ゆくゆくはもっと若い人が増えてくれたらうれしいです。また、基本的に男所帯が多いこの世界で女性がやりやすいような農業の形が作れたら、という気持ちもあります。女性だけで成り立つような農業の会社があってもいいんじゃないかなって。

この土地のためにも、自分たちの生活という意味でも、今あるこの田んぼを減らしたくない。どうにかしてつないでいきたいと思っています。祖父も両親もまだまだ元気ですが、いずれは私たちの世代が回していかなければなりません。その時のために、今までの鈴木家のスタイルを大事にしつつ、自分たちなりのやりやすい形を作っていけたらと思います。」

140年前に先人が起こし受け継いできたこの土地の田んぼをこれからも守っていくために。穏やかな語り口の中に、農業の未来を見据えた強い芯を持つ。麻友さんはそんな女性でした。


鈴木農園
福島県郡山市安積町牛庭上牛庭238
TEL 024-945-2750


<鈴木さんのお米が食べられる店>

■龍宮城 安積町本店
福島県郡山市安積4丁目38
TEL 024-946-3171
https://ryugujyo.jp/tenpo_01.html

■龍宮城 西ノ内店
福島県郡山市西ノ内1丁目13-9
TEL 024-939-4649
https://ryugujyo.jp/tenpo_02.html

■萬壽園
福島県郡山市安積町日出山字一本松211
TEL 024-943-1809
https://tabelog.com/fukushima/A0702/A070201/7001204/


<動画>ショートムービーをご覧ください。

2022.11.30 公開
Interview / Text by 髙橋晃浩 (マデニヤル)
Photo by 佐久間正人(佐久間正人写真事務所
Movie by 杉山毅登(佐久間正人写真事務所
著作 郡山市(担当:園芸畜産振興課)