#49 おいしさの秘密は「圧倒的に水」。猪苗代湖の恵みで育つ郡山の鯉。この文化を残したい
廣瀬養鯉場
廣瀬 一臣さん
郡山市は、鯉の市町村別生産量で全国1位を誇る食用鯉の一大産地です。かつて郡山では、鯉の切り身を甘辛く煮付けた旨煮が結婚式などの慶事で振る舞われるなど、特別な席に欠かせないごちそうでした。しかし、時代と共に食の志向が移り変わるなか、鯉食に触れる機会は少なくなりました。
そこで 2015年、郡山市は市役所に「鯉係」を設置。「鯉に恋する郡山プロジェクト」と銘打ち、郡山の鯉の魅力を多くの人に広める取り組みをスタートさせました。以来、約 90 店の飲食店と連携した鯉食キャンペーンやオリジナルソング「どっ鯉ソング」の制作などを通じて PR を続けています。
郡山市大槻町で鯉の養殖を手掛ける廣瀬一臣さんは、この道 30 年以上のベテラン。臭みがなく身の締まった良質の鯉を東日本一帯に広く送り出しています。なぜ郡山で鯉の養殖が広まったのか。また、郡山の鯉の魅力はどこにあるのか。廣瀬さんにお話をうかがいました。
ほとんどの人が言います。「本当に鯉なの?」って
郡山における鯉の養殖の歴史は、郡山のまちづくりの礎となった安積疏水の存在なくしては語れません。猪苗代湖との高低差を利用して郡山盆地に水を運ぶ安積疏水は、郡山に農業と紡績業の飛躍的な発展をもたらしました。農業用水を蓄えるためにあちこちにつくられた溜池は鯉を育てる池に、紡績で糸を紡いだ後に不要となる蚕 のさなぎは鯉の良質な餌になり、養殖が広がっていきました。
廣瀬さんは、郡山の鯉のおいしさの理由は「圧倒的に水」だといいます。市内の溜め池には今も猪苗代湖からの豊かな水が流れ込み続け、鯉たちはそこでのびのびと泳ぎながら成長します。
「 鯉に対して泥臭いという先入観を持っている人は多いと思います。でも、刺身で食べてもらうと、ほとんどの人が“本当に鯉なの?”って言いますね。そのぐらい臭みがない。これは猪苗代湖のきれいな水があるからこそです。また、鯉の養殖ではあらかじめ網を張った中で育てることも多いですけど、うちは池に放して自然に限りなく近い状態で育てるので、たくさん運動するぶん身が締まっています。
自然に近い環境という意味では、郡山の気候も養殖にちょうどいいんだと思います。もう少し山のほうだと、寒いぶん水が冷た過ぎて成長に時間がかかるんです。時間がかかると、それだけ骨が固くなってしまいます。」
失敗しながら覚えた仕事。だから身についたのかも
現在の廣瀬養鯉場は、昭和24年、一臣さんのお爺様が本家から分家して立ち上げました。 以来、一臣さんまで3世代にわたって鯉の養殖に取り組み続けています。一臣さんは高校卒業後に家業に入り、父の敏雄さんのもとで仕事を身につけました。
「 小さい頃から親父が鯉を捌くのを見ていましたからね。あまりに日常的で、継ぐというよりも、漠然と“俺もこれをやるんだろうな”という気持ちでした。
ただ 、仕事に入ってから何かを教えてもらった記憶はないです。背中で語るじゃないですけど 、自分でやって覚えろというタイプの親父だったので。だから当然失敗しますし、失敗すると怒られる。でも、怒られても何が悪かったのかわからない。この作業にはどんな道具が必要かとか、そういうことも自分で考えながらやらないといけませんでした。だからこそ仕事が身についたのかも知れないですけどね。」
鯉の仕事が落ち着く1月や2月になると、毎年よく趣味の狩猟に出かけていたという敏雄さん。一臣さんも狩猟の免許を取り、一緒に山へ行くこともあったと言います。「おっかない親父でしたけど、狩猟仲間との飲み会の時とか、年に何回かだけニコッと笑う。それが忘れられないですね」と思い出を語ってくれました。
鮮度維持のため自らトラックを運転し各地へ配送
出荷する鯉は、市内を中心に7つある養殖池から一度コンクリートの池に移され、1 週間から10日ほどかけて泥吐きをさせたうえで出荷されます。かつては鯉の需要が全国的に高く、廣瀬さんの鯉も、市内・県内はもちろん、東北全域、北関東、甲信越、首都圏まで幅広く出荷されていました。配送はすべて、敏雄さん自らトラックを運転し、生きた鯉を各地へ 届けていたと言います。
「親父が元気だった頃は、一番多い時代で週に4~5回、どこかしらに鯉を運んでいました 。 長野に運んで、帰ってきたらまた次の鯉 を積んで今度は青森に行くとか。なるべく新鮮な状態で運ぶためには、それが一番いい方法ですから。」
敏雄さんのやり方を受け継ぎ、今は一臣さんがトラックを運転して各地に鯉を届けています。しかし、お父様の代から比べると現在の出荷量は半分以下。以前は従業員を4~5人雇っていましたが、今は奥様と2人で作業を続ける日々です。
そんな時代の流れの中で見据えるのは、加工品への取り組み。代表的な鯉料理として以前から需要が高い旨煮や甘露煮がその代表格です。骨まで食べられるためお子さんでも安心の甘露煮は、真空パックにして日持ちがする状態で商品化しています。一方、旨煮は 2023 年 11月に開催された第24回全国食用鯉品評会で最高賞にあたる水産庁長官賞を受賞。折り紙付きのおいしさを誇ります。
さらに、2020年には一般社団法人ご当地レトルトカレー協会と組み、ご当地カレー「郡山の鯉カレー」を開発し、翌年の2021年に販売開始。ゴロッと存在感のある鯉の身が入ったカレーで、郡山の鯉のPRに一役買っています。
新しい加工品の開発や輸出にも挑戦したい
これらの商品に加え、今後は販路のバリエーションも増やしたいと廣瀬さんは語ります。2023年12月には、ベトナム・ホーチミン市内の日系レストラン「YAKUZEN」で開催された現地の食品業界向けのイベント「こおりやま鯉・健康食まつり」に、市との連携で試験的に真空急速冷凍した鯉を輸出。刺身やカルパッチョとして提供され、現地バイヤーに高く評価されました。
まちの発展とともに紡がれてきた郡山の鯉の歴史。新しい加工品や販路開拓への意欲は、その伝統を守ろうとする廣瀬さんの想いの表れでもあります。
「食生活が変わり、最近はスーパーに行っても、鯉に限らず魚売り場の商品は多く残っているように感じます。でも、じいちゃんから私の代まで頑張って続けてきた仕事ですから、やっぱり残していきたい。また、今まで長く続いてきた郷土料理でもあるので、簡単には終わらせたくないとも思います 。加工品の開発で新しい魅力を継続して発信しながら、郡山の鯉の文化を残していきたいと思っています。」
廣瀬養鯉場
郡山市大槻町美女池上 14-6
TEL 024-951-1338
〈廣瀬さんの鯉の加工品が買える店〉
■廣瀬養鯉場
TEL 024-951-1338 ※要予約
■ヨークベニマル
https://yorkbenimaru.com/store/
※店舗により取り扱いがない場合があります
「郡山の鯉カレー」販売店
https://www.city.koriyama.lg.jp/soshiki/112/2163.html
〈廣瀬さんの鯉が食べられる店〉
■もりっしゅ
福島県郡山市燧田 195 エスパル郡山 2 階(郡山駅 2 階)
TEL 024-933-5105
https://www.spal.jp/koriyama/floormap/%E3%82%82%E3%82%8A%E3%81%A3%E3%81%97%E3%82%85/
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