#9 「なくてはならないものを作りシンプルに暮らしたい」—地域の人々に支えられ家族で歩む農業の道
株式会社あぶくま商会
百目鬼昭徳さん、綾子さん
スマートフォンがどれだけ普及しても、AIがどれだけ発達しても、インターネットがどれだけ知的好奇心をくすぐっても、日々の生活において変わらず欠かせないもの。「食」の存在はまさに、私たちの命に直結する、なくてはならないものです。
そんな「食」を生み出す農業の魅力に気づき、東京から郡山に居を移して農業に取り組むご夫婦が郡山にいます。百目鬼昭徳さん・綾子さんご夫妻。昭徳さんはかつてIT業界で働いていましたが、2014年、綾子さんの実家がある郡山を第二のスタートの舞台に選びました。
昭徳さんはなぜ時代の先端を行くITの世界から農業への転身を決意したのか。綾子さんはどのように昭徳さんをサポートしてきたのか。農業の世界でどのように経験を積み、どんな未来を思い描いておられるのか。2017年にオープンしたお二人の野菜の直売所「Vegetable Lovers」にお邪魔して、お話をうかがいました。
「子供が産まれたばかりなのに生活どうするのよって(笑)」
郡山に移住する以前、東京出身の昭徳さんはシステムエンジニアやWebディレクターとして働いていました。しかし、東日本大震災が起きたことで想いに変化が表れたと言います。
「いくら技術が発展しようと食べるものがなければ生きていけない。ということは、ITよりも食に関わる仕事のほうが最後には生き残るはずだと思うようになりました。それともう一つ、自分の生活をよりシンプルにしたい、単純でシンプルな毎日を生きていきたいと思ったことも、農業を始めたいと思ったきっかけです。」(昭徳さん)
「でも、“農業をやろうと思うんだよね”って言いだしたのは、結婚して子供も産まれて、さあこれからだっていう時。思いましたよ、子供が産まれたばかりだっていうのに生活どうするんだよって(笑)。だって、野菜って100円や200円の世界じゃないですか。何ヶ月もかけて育てたものが100円でしか売れないし、そもそもちゃんと生産できるのかもわからない。そんな状況で東京で生活できるのかって思いました。」(綾子さん)
農業を始めたら家族の時間が増やせるかもしれない
しかし、当時の昭徳さんの仕事ぶりを間近で見てきた綾子さんは、ある想いから昭徳さんの決意を受け入れることになります。
「毎日終電で帰ってきて、また朝早くに出ていって、休みも仕事して…。家族が増えたのに家族の時間もないし、何よりこの生活を続けていたら体を壊してしまうのではないかという心配がずっとありました。でも、農業を始めたら家族の時間が増えて、生活リズムも変えられるかもしれない。そう発想を変えることにしたんです。」(綾子さん)
しかし、東京に暮らしながら農家として生活することは現実的ではありません。そこで二人は、綾子さんの実家がある郡山への移住を決意します。
綾子さんの実家は、道路や電線などインフラ関連の工事に従事する方々が長期で宿泊する旅館を経営しています。長男である昭徳さんを自分の実家がある街に越させることには綾子さんにも躊躇があったと言いますが、震災で離農する人が増えているとしたら農地も借りやすいのではないか、また自分が旅館の手伝いをしながらであれば何とかやっていけるのではないか。そんな思惑が移住の裏にはあったと言います。
「見ていて下さる方はいる」コツコツ頑張り畑を拡大
移住後、昭徳さんは矢吹町の福島県農業総合センター農業短期大学校(アグリカレッジ福島)に通い、学びながら農業の準備をスタートしました。しかし、借りやすいだろうと思っていたはずの農地は、最初はなかなか見つかりませんでした。
「最初の1年ぐらいは農地すらありませんでした。思っていた以上に空いている畑がなかったですし、貸す側の立場で考えれば、誰かもわからない赤の他人にポンと土地を貸してもいいものか、当然迷いますよね。
とはいえ、ただじっとしているわけにもいかないので、郡山農業青年会議所や郡山ブランド野菜を生産する「あおむしクラブ」に入って、会員のみなさんと交流する中で農地を探した結果、1年経った頃にようやくハウスを3棟借りることができました。」(昭徳さん)
「でも、震災後に農業をやめてからずっと放置されていたハウスだったので、もう荒れ放題だったんです。ハウスの中に桑の木は生えてるし、ビニールは破れているし、整備をするのは大変でした。ただ、そこを整えて耕すところから始めたので、逆に愛情が湧いたというのもありますね。」(綾子さん)
そうしてコツコツと畑を整え、少しずつ作物を作るうち、徐々に風向きが変わってきたと言います。
「見ていてくださる方はいるもので、2年経った頃から“うちの土地でもやらないか”というお声をかけていただくようになりました。“あそこは頑張ってるから”って。地元の先輩農家さんからも“あそこに土地があるみたいだよ”って教えていただいたこともありました。」(綾子さん)
現在、手がける農地は約5反歩。お二人の努力は地域の人々に受け入れられ、百目鬼さんご夫妻の農業は少しずつ軌道に乗り始めました。
旅館のお客様の存在が農業を続ける大きな励みに
もう一つ、農業で生計を立てていく上で大きかったのが、奥様の実家である「あぶくま旅館」の存在だと言います。作った野菜を旅館で購入し使ってもらうことで一定の収入が確保できる。このことがご夫妻の挑戦の大きな支えとなりました。
しかし、2人が旅館から得るやりがいは、単に野菜を卸し収入を得ることだけではなかったようです。
「うちの旅館のお客様は、長い場合だと2年ぐらい滞在しながら仕事をされています。毎日ここから仕事に出かけていく中、食事はやっぱり大切ですから、朝と夜、毎日必ず違うメニューで食事をお出ししているんです。
旬の野菜、取れたての野菜で調理をすると、みなさん本当に喜んでくださいます。“ここの野菜はおいしい“、“また食べたい”っていうお声をいただくことは、本当に励みになります。“ご飯がおいしいから”と言って毎回うちの旅館を選んでくれてる学生の団体さんもいらっしゃいます。」(綾子さん)
「郡山に帰って初めて郡山の良さを知りました」
2016年、ご夫妻は次の展開を見据えて株式会社を立ち上げました。設立した「あぶくま商会」では、農産物の生産、販売店や旅館への卸はもちろん、直売所「Vegetable Lovers」の運営、さらには生産物を加工した6次化商品の企画開発も手がけています。
「法人化も直売所も6次化も最初から想定していた動きではなく、やっていく中で必要性を感じてスタートしたものです。野菜を大量生産することだけで収益を上げようとすると価格勝負になってしまいリスクも大きくなりますし、そもそも僕は大規模な生産を考えてはいません。じゃあ、自分の手で回していける中でより収益を上げるにはどうしたらいいか。その裾野を広げるための方法の一つが法人化でした。
新規就農者や農家の経営には、とてつもなく厳しい現実があります。豊作で供給過剰となれば価格は落ち込み、天候不順になれば収穫はできず、種や肥料など先行投資した分の回収もままなりません。そこで、会社として生産だけではなく商品開発や販売までを行い、確実に収益を上げ永続的な農業を実現するため、あえて農園や農場と名乗らず、商いを意味する“商会”という言葉を社名に入れました。」(昭徳さん)
直売所の建物は、以前は市内某所でたこ焼き店として使われていたプレハブを、中にあった厨房機器ごと無償で譲り受けたもの。移設やリフォームの費用はかかりましたが、厨房機器は6次化商品の加工場に移設できたため、製造体制も同時に整いました。現在はドレッシング2種類、ジュース2種類の他、それぞれの季節に採れた野菜を使って、おこわや漬物なども作っています。加工品の調理には綾子さんのお母様が携わり、家族で力を合わせながら生産・製造に取り組んでいます。
「ハウスや農地を貸していただいた時もそうですし、プレハブもそう。結局大切なのは地域のみなさんとのつながりですよね。先輩農家さん達には本当に助けられましたし、直売所も近所の人たちに支えられています。目の前に住んでいるおばあちゃんなんて、散歩している人の足をわざわざ止めては私たちの代わりに直売所の宣伝をしてくれているんですよ(笑)。私、郡山に帰ってきて初めて郡山の良さを知りました。」(綾子さん)
地域の人達に支えられてきた自分たちだからこそできる恩返しをしていきたい。そのためにも会社を成長させていきたいとお二人は語ります。就農して6年目、法人化して4年目。昭徳さんの一言から歩み始めた農業の道は、家族みんなの力を合わせることで少しずつその道幅を広げ、明るいほうへと切り拓かれ始めています。
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株式会社あぶくま商会
福島県郡山市小原田3-8-2
Tel 024-983-0146
Fax 024-983-0480
ウェブサイト
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<百目鬼さんの野菜や加工品が買える場所>
■農産物直売所 Vegetable Lovers
郡山市小原田3-8-2 あぶくま旅館駐車場内
Tel 024-983-0146
※営業時間:木・金・土 11:00~14:00
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※季節により下記3ヶ所でも購入できます。
■愛情館
福島県郡山市朝日2丁目3-35
Tel 024-991-9080
ウェブサイト
■旬の庭 大槻店
福島県郡山市大槻町字殿町64-1
Tel 024-966-3512
ウェブサイト
■星総合病院 ほしの庭 あおぞら市
福島県郡山市向河原町159番1号
Tel 024-983-5511
※毎週火曜 10:00~12:00前後