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♯34 農家ライブに食育イベント。独自の視点で発信する「野菜を伝える活動、野菜で伝える活動」

設楽農園
設楽哲也さん

イベントやマルシェへの出店、SNSなどを通じ、栽培のこだわりや食材の楽しみ方を積極的に発信する生産者が増えています。おいしい食べ方や普段触れることのない農作業の裏話を聞く体験は、新しい発見の喜びや感動を私たち消費者に与えてくれます。

須賀川市でねぎやきゅうり、コメ、里芋などを生産する設楽哲也さんもそんな発信を続ける生産者の一人。しかし、その発信スタイルは他の生産者とは一味違います。意外と知らない野菜の成長の仕組みや味の秘密を紐解きながらねぎやきゅうりのフルコース味わう「農家ライブ」や、子供にとっても保護者にとっても発見に満ちた食育イベントなどを通して、論理的に、かつわかりやすく農業の役割や魅力を伝えています。

設楽さんはなぜ農家ライブを始めたのか。そして、その広がりの先にどんな農業の未来を見据えるのか。設楽さんのねぎ畑にうかがい、その想いを聞きました。

祖父が好んで食べてくれるねぎを作ろうと

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須賀川市で代々続く農家の長男として生まれ育った設楽さん。子供の頃から農作業の手伝いをして育ち、自分もいずれは農業をやるものだと思っていたと言います。しかし、農業に対して決して前向きな思いだけを持っていたわけではありませんでした。

「きゅうりの最盛期である夏休みの時期は両親の仕事が忙しくてどこにも連れて行ってもらえないし、農閑期にあたる冬休みは、父は土木作業に、母はJAやスーパーにアルバイトに出てしまう。そうして僕ら子供たちを養ってくれていることは理解しつつ、やはり寂しさがないわけではありませんでした。

だから、農業が好きだったかと聞かれれば、嫌いではないけれど好きでもなかった。絶対に農業をやるんだという強い意志はありませんでした。」

母親が体調を崩したのを機に実家に戻り農業を始めたのは2008年。その後2~3年間は父親と一緒にコメやきゅうりを作っていましたが、2011年から新しくねぎの栽培にチャレンジします。せっかく畑があるのに冬野菜を作らないのはもったいない。そう考えたことがきっかけでした。市場に阿久津曲がりねぎの農家を紹介してもらったり、ねぎの産地として知られる埼玉県深谷市や群馬県下仁田町のねぎ農家とSNSを通じて交流し、そのつながりの中でアドバイスを受けたことで、スタート時から致命的な失敗もなく栽培することができたと言います。

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設楽さんのねぎの特徴は、甘みとうまみ、そして、食感の柔らかさと歯切れの良さ。そんなねぎを目指したのには、ある理由がありました。

「まっすぐに伸びた長ねぎは、見た目が立派な反面、食感が固いこと多く、それが苦手だという人が少なくありません。亡くなった祖父もそうでした。ねぎを始めた年、祖父と大叔母が植え付けを手伝ってくれましたが、祖父はねぎを寝かせて植えたんです。寝かせて植えることでねぎをわざと曲げて育て柔らかさや甘さを引き出す技法ですが、僕はまっすぐ育てたかった。大げんかになりましたね(笑)。“なんで曲げて植えるんだ”って。“曲げなかったら固くて食えねえべ”と言うのが祖父の意見でした。祖父にしてみれば、曲がったねぎなら売れるだろうと僕を思いやってくれていたのかもしれません。

それ以来、うちのねぎは祖父が好んで食べてくれるねぎにしたいという想いで育てています。まっすぐだけど歯切れがいい。締まっているけど柔らかい。それが、僕が思う理想のねぎです。」

泥が付いたままで出荷をする理由

ねぎを小売りで販売する際、設楽さんは土が付いたままの状態で袋詰めし出荷します。そこには3つの意図があると言います。

「一つ目は、皮を剥かないことでお客様が手にするまで新鮮な状態を保てるからです。2つ目は、ねぎの味を最も感じていただける根の部分まで食べていただきたいから。実は、ねぎの根はねぎの味わいを最も感じていただける部分なんです。天ぷらや素揚げにするとおいしく食べることができます。そして3つ目は、出荷する自分が楽だから。皮を一本ずつ剥いていく作業がなければ作業効率が上がり、“明日100本持って来て!”と急に言われた場合でもすぐに対応できます。

人によっては“泥が付いていて汚い”と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、そのデメリットを越えるメリットが生産者側にも消費者側にもあるんです。」

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順調な栽培の反面、売ることに関しては非常に苦労したと設楽さんは振り返ります。2011年の初出荷の時、市場で自身のねぎにつけられた値段は、最安値の時で3本一束わずか15円。スーパーでは県外産がおよそ200円、震災直後で県産の野菜が軒並み安くなってしまっている中でも150円前後の値がついているのに、なぜ生産者にはわずかなお金しか支払われないのか。その流通の仕組みに疑問を抱えつつ、単価の低さを量で賄おうとがむしゃらにねぎを生産しました。

そんなある日、設楽さんは郡山市の鈴木農場、鈴木光一さんと出会い、こんな言葉をかけられます。

「設楽君、気持ちはわかるけれど、そんな働き方をしていたら体が壊れてしまう。自分の野菜を誰に食べさせたいのか、それを第一に考えて行動をしなさい。きっと君は自分で売ることができるはずだ。」

その瞬間から設楽さんは発想を変えます。自分のねぎをより多くの人に食べてもらうには飲食店に使ってもらうことが一番の近道だと考え、ねぎを抱えて須賀川の飲食店を回る地道な営業活動をはじめました。

農家ライブは啓発活動でもあり経済活動でもある

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しかし、いくら野菜の質が高くても、突然やってきた見ず知らずの生産者の野菜を受け入れてもらうのは非常にハードルが高いもの。案の定、なかなか良い返事はもらえず、心が折れかけたある日、地産地消にこだわる地元の飲食店から「ねぎを使いたい」と返事を受けました。そこから設楽さんの想いの歯車が回り始めます。

「“せっかく使うなら“ということでねぎを使ったメニューを考えることになったんです。あんなメニュー、こんなメニューといろいろ考えていったら5品、6品と数が増えて、これをフルコースで出したらどうだろうと話が盛り上がりました。でも、そもそもねぎのフルコースに興味を示してくれる人がいるのかどうかわからない。そこで、料理だけでなくねぎの栽培のことや農家の日常まで知っていただくイベントにしてしまおうと考えたんです。」

これが「農家ライブ」のスタートでした。生産者にとっては日常の話でも、その日常に触れていない人にとっては新鮮な話のはず。そんな日々の農家の営みを知ってもらったうえでフルコースの料理を食べてもらえれば、きっとねぎのおいしさや農業の魅力、農業の素晴らしさを直に感じていただけるだろうと設楽さんは考えました。やがて、ライブに感動したお客様がその感動をSNSで発信し、それが新しいお客様をお店に呼び寄せるといった連鎖が生まれ、設楽さんのねぎは「食べる価値のあるねぎ」として知られるようになっていきました。

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「農家ライブは啓発活動であり経済活動でもあります。お客様が農家ライブに足を運ぶことでお店に人が集まり、料理の食材となる野菜を作る農家にも注文が来る。農業の裾野を広げていくために、パン屋等とも連携しながらこのような循環が生まれる仕組みを作ったんです。

ただし、農家ライブの活動はあくまで作物全体、農業自体のファンを作ることを目標にしています。だから、ねぎをテーマにした農家ライブでは“僕のねぎだけでなく他のねぎも、郡山の「阿久津曲がりねぎ」も全部食べてくださいね”と話します。勝手にねぎ界を代表し、勝手に農家を代表してしゃべっているんです。それでも、“いろんなねぎを食べたけれど、やっぱりお前のがうまかった”って言ってもらうのが目標ですね。」

2014年から始まった農家ライブは、地元須賀川市の他、郡山市、福島市、田村市、三春町など県内各地で、さらには東京や仙台でも開催され、多い時には年5~6回のペースで野菜と農業の魅力を伝えてきました。いずれは多くの生産者が自分と同じように農家ライブを開催するようになり、それが消費の拡大や飲食店の利益、そして農業への理解につながれば。そう設楽さんは語ります。

子供に食の大切さを伝えることは親の世代へ伝えることでもある

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農家ライブの一方で設楽さんが取り組んできたのが、地域の子供たちに向けた食育の取り組みです。子供にもわかりやすいアプローチができるかどうかは、自分自身がどれだけの知識や経験を持ち、それを本質的に理解できているかに比例すると言う設楽さん。生産者仲間の参加も促しながら取り組みを進めています。

また、子どもに食の大切さを伝えることは、その子を持つ親の世代に伝えることでもあると設楽さんは言います。以前、きゅうりを題材に食育のイベントを開催した際、参加したお母さんとの間でこんなやりとりがあったそうです。

「きゅうりを子供、きゅうりの木をその子のお母さんに例え、なぜ曲がったきゅうりができるのかという話をした時のことです。きゅうりが曲がる最大の原因は、お母さんである木にストレスがかかるからです。光が足りない、水が足りない、肥料が多すぎてメタボになる、肥料が少なすぎて飢餓になる、病気になる。僕ら農家は、きゅうりが曲がらないよう、お母さんにストレスをかけない作業を常々やっているという話をしました。

すると、その場に参加していた一人のお母さんが、収穫体験の時に曲がったきゅうりしか取らなかったんです。そのお母さんは、“設楽さんの話を聞いていたら曲がったきゅうりがかわいく思えてきた“と言い、こう続けました。

“私には発達障害の子供がいます。今まで私は、子供が社会に出た時に困らないよう、子供の意志に関係なくいろんな習い事をさせてきました。でも、子供も私自身もそれがだんだん苦しくなってきていた。これからは子供の意思を尊重しつつ、私自身がもう少し楽しく生きる道を選択したい。それが子供のためになるんだって、きゅうりの話を聞いて気がついたんです。”

僕が食育でやりたいことは、野菜を伝える活動であると同時に、野菜で伝える活動でもあります。それは、農家だからこそできる食育だと思うのです。このお母さんの反応は僕がまったく想像していなかったものでしたが、どんなことでもいいから僕のコメや野菜の話を通して何かに気づき、それが結果的に野菜に興味を持つきっかけになればいいなと思っています。」

「やっぱりあいつの野菜はいい」と言われ続けなければ

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さまざまな活動を通し、須賀川の若手生産者の中でもひときわ注目される存在となった設楽さん。しかし、だからこそ守らなければいけないスタンスがあると言います。

「僕がイベントや講演を続ける最大の理由は、自分自身にプレッシャーを与え続けるためです。人前に出たり、こうして取材を受けたりすると、どうしても自分ばかりが目立ち、“あいつはまた何か変わったことをやっているな”という目で見られてしまう。その時に“でもやっぱりあいつの野菜はおいしい。あいつの作るものはちゃんとしている”と言ってもらえなければ説得力がないですよね。そういうプレッシャーを自分に与えて続けているんです。

最初にお話しした通り、僕は農業に対して決してプラスのイメージを持ってはいませんでしたので、農業に興味がない人や農業にマイナスのイメージを持っている人の気持ちがよくわかります。そんな自分だからこそ、どうすれば彼らにアプローチできるのかを常に考え、興味を持っていただくための道筋を作れるのではないかと思うんです。興味を持っていただき、農家ライブや食育イベントを経験してもらえれば、農業がみなさんの実生活といかにリンクしているかが実感できるはず。そのきっかけを作り続けていくことが、今の僕がやるべきことだと思っています。」

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設楽農園
福島県須賀川市山寺町
Tel 090-6040-8847
https://www.instagram.com/tetsuyashidara/

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<設楽さんのねぎが買える場所>

■旬鮮直 食材しのや
福島県郡山市桑野3-15-6 クローネ郡山Ⅱ101
Tel 024-954-8339
https://www.instagram.com/syokuzai_shinoya/

■JA夢みなみファーマーズマーケット「はたけんぼ」
福島県須賀川市卸町54
Tel 0248-73-5261
https://www.ja-yumeminami.or.jp/service/?id=2
※設楽さんのねぎを使用したねぎだれも販売しています(期間限定)。

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<設楽さんのねぎが食べられる場所>

■居酒屋しのや 郡山駅前本店
福島県郡山市駅前2-6-3 メッソビルB1
Tel 024-973-6388
https://www.instagram.com/shinoya1102/

■Farmer’sDining CROSS ROAD
福島県郡山市駅前1-3-7 陣屋一番館ビル1F
Tel 024-921-5858
https://www.instagram.com/crossroad2015/

■肉と野菜の農家イタリアン Arigato
福島県郡山市安積4-35 1F
Tel 024-983-9678
https://www.instagram.com/arigato.10/

■農家ピザくまのグラッチェ
福島県郡山市大槻町漆棒82
Tel 090-2275-4668
https://www.instagram.com/kuma.pizza/

■Best Table
福島県郡山市朝日1-14-1
Tel 024-983-3129
https://www.instagram.com/besttable_kaisei/

■手打ち蕎麦 弥栄いやさか
福島県須賀川市中宿143-2
Tel 0248-76-7766

■津軽まるふくらーめん
福島県須賀川市影沼町232-1
Tel 0248-87-0274
https://www.instagram.com/tugarumarufuku/

■オステリアフェッラゴースト
福島県須賀川市大町244-1
Tel 0248-94-8933
https://www.instagram.com/ferragosto2013

■四季彩 和の花
福島県須賀川市本町64-7
Tel 0248-94-5567
https://twitter.com/sikisaiwanohana

■ブランジェリーマルジュ― 丸十製パン
福島県須賀川市諏訪町70-2
Tel 0248-73-2082
https://www.instagram.com/b.maruju702/

■焼鳥 よし田
福島県須賀川市岡東町109
Tel 0248-94-7570
https://www.instagram.com/masaki_y0806/

■炙り焼き丸高精肉店プラス
福島県須賀川市館取町116
Tel 0248-75-5599
https://www.instagram.com/aburiyaki.marutakaseinikuten/

■イチノイチ
福島県須賀川市本町1-1
Tel 080-7453-9828
https://www.instagram.com/ichinoichi_cafe/

■カフェーブリキイヌ
福島県田村郡三春町字中町4
Tel 0247-61-6757
https://www.instagram.com/cafeblikjeinu/

■村さ来 船引店
福島県田村市船引町船引舘柄前35
Tel 0247-81-2280
https://www.instagram.com/maaboo.murasaki.f/

■手づくりパン まちなか夢工房
福島県福島市本町5-31
Tel 024-524-2230
https://www.instagram.com/yumekobo.bakery/

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<動画>ショートムービーをご覧ください。

2022.2.22 公開
Interview / Text by 髙橋晃浩 (マデニヤル)
Photo by 佐久間正人(佐久間正人写真事務所
Movie by 杉山毅登(佐久間正人写真事務所
著作 郡山市(担当:園芸畜産振興課)

<放射性物質に対する対策について>

設楽さんがねぎを初出荷したのは2011年の12月~翌年1・2月頃。東日本大震災が発生したこともあり、出荷当初から高値が付かず苦労しました。現在、出荷に際しては放射性物質検査を実施。ねぎを始めとするすべての生産物において安全安心であることを確認しています。

「コメで言えば、震災前に付き合いがあった首都圏の飲食店からは震災後まったく連絡が来なくなりました。検査したコメから放射能の数値が出たわけでもありませんでしたが、こちらから連絡しようにも何と言っていいのかわからず、やりとりがないまま10年以上の歳月が過ぎてしまいました。

ただ、負の要素をすべて原発事故に結びつけるのは違うと僕は思っています。農業人口が減り続けていることに関しても、原発事故が一つのきっかけになったかもしれませんが、農業における後継者問題が事故によって顕在化したと考えるほうが正しいのではないでしょうか。

一方、最近になって新たに農業をやりたいという若い人も増えてきていますが、それは震災と原発事故があったことの裏返しでもあると思っています。震災以降、頑張って生産を続ける県内各地の生産者が注目されるようになったこと、また『フロンティアファーマーズ』のようなコンテンツを通して自分のこだわりを話す生産者が増えたことで、農業に憧れを持つ人が少なからず増えたのかもしれません。こうした動きは震災前には考えられなかったことです。そう考えれば、震災や原発事故は決して悪いことだけをもたらしたのではなかったのではないか。そう前向きに捉えています。」

参考:食と放射能について
食と放射能に関する正しい知識を身に付けましょう。
食品と放射能に関する消費者理解増進の取組(消費者庁)

参考:福島の今
知るという復興支援があります。"風評の払拭"に向けて、知ってください。福島のこと。風評の払拭に向けて、知ってもらいたいことを分かりやすくまとめました。
数字で「知って!」「食べて!」「行こう!」福島(復興庁)

※福島県産農林水産物については、生産段階(産地・生産者)、流通段階、消費段階において放射性物質の検査が行われ、安全性が確認された農林水産物のみが出荷されています。

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