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#42 120年続く「阿久津曲がりねぎ」のおいしさを次の世代へ。親子で取り組む伝統野菜の継承

阿久津曲がりねぎ保存会
橋本昌幸さん、橋本典彦さん

郡山市の伝統野菜として知られる「阿久津曲がりねぎ」。名前の通り、スーパーなどでよく見かけるまっすぐなねぎとは違い、大きな弧を描いた姿をしています。郡山市の中心部から北東へ約3km。阿武隈川の東岸に位置する阿久津町では、今からおよそ120年前からこのねぎが作られてきました。

2022年2月、阿久津曲がりねぎは、農林水産省の「地理的表示(GI)保護制度」に登録されました。地理的表示(GI)保護制度とは、「地域ならではの自然的、人文的、社会的な要因の中で育まれてきた品質、社会的評価等の特性を有する産品の名称を、地域の知的財産として保護する制度」(農林水産省ウェブサイトより)。ブランドの価値や信頼の向上につながるこの制度に登録されたことを機に、「阿久津曲がりねぎ保存会」では今、さらなる認知や販路の拡大に意気込んでいます。

保存会の会長を務める橋本昌幸さんと、共に生産や保存会の活動に取り組む息子の典彦さんに、阿久津曲がりねぎの歴史やおいしさ、今後のビジョンについてお話を聞きました。

先人が知恵を絞って考えてくれた「やとい」の作業

阿久津曲がりねぎの歴史が始まったのは、明治30年頃のこと。富山の薬売りが運んできた「加賀群」と呼ばれる複数品種のねぎの種を武田鹿しか太郎という人物がまき、栽培したのが起源といわれています。加賀群のねぎは耐寒性や越冬率が高いとされており、その特性が阿久津の風土に適応したことで、質の高いねぎが育つようになったといいます。

「生産者が毎年種を取って、120年も同じことを引き継いできた。その種を使っているからこそこのネギができるのであって、他のネギ種を使って同じように作っても、この特徴あるネギは出来上がりません。」(昌幸さん)

橋本家は代々、阿久津の地でこの曲がりねぎを生産してきた農家です。「親の親はもう作ってたから、俺で3代目なのは間違いない。もしかしたらその前から作ってたのかも」と言います。

「うちはもともと昔は店屋だったの。明治になった頃に店を始めたのかな。店という字は“たな”とも読むんだけど、この集落で“たな”といえば、うちだってすぐわかる。今でも電話をかける場合、“橋本”っていうよりも“たな”って言えばすぐに通じる。店と農業を両方やって暮らしてたんだろうね。」(昌幸さん)

昌幸さんが子供の頃の阿久津周辺は養蚕が盛んだったといいます。その理由の一つは、阿武隈川に近いその立地。しばしば氾濫を起こす阿武隈川沿いの土地は水害を避けるために野菜の栽培はあまり行われず、その代わりに植えられたのが、水害が起きても影響の少ない桑の木でした。一方、野菜は水害の心配がない山沿いの土地で育てられていましたが、山沿いの土地は粘土質のため地中深くまで根が伸びず、ねぎには適さない土壌でした。

「そこで先人が知恵を絞って考えてくれたんだね。この辺では“やとい”って言うんだけれども、成長途中のねぎを一回抜いて、斜めに植え直して育てるっていうことを始めたわけです。」(昌幸さん)

他の有名なねぎと比べても、うちのが一番うまい

“やとい”の作業は、春先に種がまかれたねぎが一定の成長を見せる8月頃に行います。大きなうねを作り、そこに一度抜いたねぎを斜めに寝かせ、再び土で覆います。この“やとい”をすることで、粘土質の土地でもねぎをより長く育てることができます。また、ねぎは斜めに植え替えられても垂直に伸びようとするため、そのことにより弧を描くように成長し、曲がりねぎとなります。この“やとい”はすべてが手作業で行われます。

“やとい”からさらに3ヵ月ほど経つと、いよいよ収穫のシーズンです。“やとい”同様、収穫も完全な手作業。曲がって育っているぶん、抜く作業には手間とコツが必要になります。収穫の作業は11月から2月まで、3ヵ月以上にわたって続きます。

畑から抜かれ束ねられたねぎは、阿久津橋のたもとにある、天然の湧き水を溜めた洗い場で土が落とされます。

「この湧き水は、この辺では“また来る清水”って呼ばれてます。昔、戦争に行く時に、この水を飲んでから出征するとまた帰ってこられると伝わって、それでこの名前がついた。その水を今も使って洗ってるんです。」(昌幸さん)

地域の土、水、人によって守られてきた阿久津曲がりねぎ。その味には、他のねぎにはない甘みや旨み、柔らかさがあります。曲がって育つことでアミノ酸が多く蓄えられ、一般的な棒ねぎにはない味わいと食感を持つねぎへと成長するのです。「ねぎが嫌いだという子供でも、このねぎだと食べられるんですよね。“うちの子が初めて食べたんです”っていう声をよく聞きます」と典彦さん。昌幸さんも、「他の有名産地のネギと比較しても、やっぱりうちのねぎが一番うまい」と、その味に自信を見せます。

保存会を立ち上げ伝統継承と販路拡大に親子で奔走

しかし今、この伝統野菜を受け継ぐ生産者は減少の一途をたどっています。最盛期には集落のほとんどの農家が阿久津曲がりねぎを作っていたそうですが、現在の生産者はわずか7人。さらに、典彦さんのような後継者が確保できているケースは非常に珍しいといいます。

「みんながやめてしまう一番の原因は、“やとい”の作業が大変だから。夏場の暑い時期にやらなくちゃいけないし、機械化できる作業でもない。ねぎを抜くだけでもかなりの重労働ですからね。」(昌幸さん)

このままでは自慢の曲がりねぎが途絶えてしまう。危機感を募らせた昌幸さんたちは2005年、阿久津曲がりねぎ保存会を立ち上げ、行政のサポートも受けながら伝統の継承に動き始めます。以来、小学校への出前授業や子供たちの畑の見学の受け入れなどを通し、阿久津曲がりねぎを次の世代へと繋げる活動を展開してきました。

「大人よりも今の子供たちのほうが阿久津曲がりねぎについてよく知ってると思いますよ。授業で取り上げられるし、保存会としても要請があればどこにでも教えに行きますから。」(典彦さん)

さらに、地元スーパーでの試食会を積極的に開催するなどして、少しずつ販売拡大に向けた努力を重ねてきた昌幸さんと典彦さん。今、地元が誇る伝統野菜としての認知度は、着実に市民の中で高まっています。

GI登録が実現し「ここからが一からの出発」

2022年に3年越しの挑戦で実現した「地理的表示(GI)保護制度」への登録。これは、保存会の活動を通して阿久津曲がりねぎの継承に取り組んできた昌幸さんと典彦さんにとって、その活動の一つの集大成といえるものです。登録の知らせが届いたのは、昌幸さんの誕生日である2月3日。「わかっててよこしたんじゃないだろうけどさ」と昌幸さんは笑います。

登録にあたっては、永続的な生産を目指し、阿久津町に限らず郡山一円に範囲を広げて阿久津曲がりねぎの生産を継承していくことを目標に掲げました。

「ここまで知名度が上がり、消費者から期待もされている中、今後はどう広げていくかが課題です。阿久津の生産者の中では自分が一番若いぐらいですから、阿久津だけにこだわっていてはだめですよね。隣の町に若い農家がいるなら仲間になるようにお願いするとか、そうして残していかないといけないと思います。」(典彦さん)

「今はとにかく、現状をいかに長く維持していくかっていうことだよね。それが一番の問題点であるし、目標です。そのためにも、郡山市内の生産者が一人でも多く作ってくれることを願ってます。ただ、誰でも彼でも、どんな作り方でも良いというわけにはいかない。保存会のメンバーに入ってもらって、今まで阿久津で続けてきた作り方を伝授します。GIの登録が済んで、ここからがまた一からの出発です。」(昌幸さん)

2022年には、昌幸さんと典彦さんにとってもう一つうれしいことがありました。数年前に昌幸さんと典彦さんの授業を受けた子供が、その思い出を詩にしてくれたのです。その詩に集落のお寺のご住職がメロディをつけて阿久津曲がりねぎの歌が誕生したことを、昌幸さんと典彦さんはうれしそうに教えてくれました。2人がまいてきた伝統野菜継承の種は今、着実に成長し、実りの時期を迎えようとしています。


阿久津曲がりねぎ保存会
福島県郡山市阿久津町字舘側50
TEL 024-943-6261


<阿久津曲がりねぎが買える店>
※出荷時期:11月~2月下旬頃
※入荷状況によりご購入いただけない場合があります

■ヨークベニマル(郡山市内各店舗)
https://yorkbenimaru.com/store/fukushima/?area=south_area

■ザ・ビッグ郡山店
福島県郡山市松木町2-88
TEL 024-941-7700
https://www.mv-minamitohoku.co.jp/stores/kooriyama

■ザ・ビッグ須賀川店
福島県須賀川市仲の町87
TEL 0248-63-7221
https://www.mv-minamitohoku.co.jp/stores/sukagawa

■あぐりあ
福島県郡山市安積町成田1-20-1
TEL 024-945-7483
https://life.ja-group.jp/farm/market/detail?id=1007

<阿久津曲がりねぎが食べられる店>

■居酒屋安兵衛
福島県郡山市大町1-3-12
TEL 024-933-9326
https://www.instagram.com/izakaya.yasubey.koriyama/


<動画>伝統技術「やとい」を守り続る郡山伝統野菜「阿久津曲がりねぎ」|フロンティアファーマーズ特別編

<動画>ショートムービーをご覧ください。

2023.1.30公開
Interview / Text by 髙橋晃浩 (マデニヤル)
Photo by 佐久間正人(佐久間正人写真事務所
Movie by 杉山毅登(佐久間正人写真事務所
著作 郡山市(担当:園芸畜産振興課)