#44 「ひとまずやってみる。合わないならやめればいい」――予約が絶えないイチゴの味を支える柔らかな取り組み
イチゴ農家
栁沼宏樹さん
2022年末、福島県で20年ぶりに開発された新種のイチゴが市場に登場しました。その名は「ゆうやけベリー」。「とちおとめ」と「かおり野」の2品種を交配して生まれました。開発に費やした歳月は10年。満を持してのスタートです。
生産初年度となった2022年シーズンにこのゆうやけベリーを手掛けたのは、県内各地から選ばれた14の生産者。郡山市片平町の栁沼宏樹さんはそのうちの一人です。片平町内に11棟のビニールハウスを持ち、年間約7トンのイチゴを生産しています。
自身のイチゴづくりに「こだわりはない」と語る栁沼さん。しかし、毎年シーズンになると多くの注文が寄せられ、1ヵ月先まで予約で埋まることもあるほどの人気を誇ります。その人気の秘密を探りに、栁沼さんのハウスを訪ねました。
「手伝わされるから逃げてばかりいました」
栁沼さんは現在、ご自身と奥様、ご両親の4人でイチゴの栽培と販売を手掛けています。もともとはコメ農家だったご両親がイチゴを始めたのは40年近く前のこと。栁沼さんには、新たな取り組みを始めた頃のご両親の記憶がかすかに残っているといいます。
イチゴのシーズンは12月中旬から5月末まで。春先になるとイチゴを収穫するかたわらコメ作りの準備をスタートさせ、イチゴシーズンの終わりは田植えの時期と重なります。田植えが終わると翌シーズンのイチゴの苗の準備に取り掛かり、9月に植え付け。10月には稲刈りをし、それが終わると再びイチゴのシーズンが始まるというサイクルです。
そんな生活を間近に見て育った栁沼さんですが、農業に興味を持つことはまったくありませんでした。
「ハウスや田んぼに行くと手伝わされるので、子供の頃から逃げてばかりいましたね。昔のハウスって、夏場に温度が上がり過ぎないように、昼間はビニールハウスの側面を開けておくことがあるんです。それを閉める手伝いをさせられるんですけど、雨が降った後だと開けておいたビニールに水が溜まって、閉める時に頭から水をかぶる羽目になる。それが嫌いで。いいこともあったと思いますけど、それは忘れてしまって、嫌なことばかりよく覚えてます(笑)。」
自然に足が向くような環境を作っておきたい
地元の高校から、仙台の農業短期大学校、三重の大学と進学しましたが、「やりたいこともないし、就職もピンと来ない。だから学校に行ったという程度で」と謙遜気味に話します。
「卒業後も、農業は嫌だけれど他に就職できるような技術も何もない。だからといってずっとアルバイトというわけにもいかない。一人暮らしをしていればアパートの家賃もかかる。仕方なく実家に帰って、他にやることもないから農業でもやるかと。そのぐらいの気持ちだったんです。」
栁沼さんのハウスに入ると、イチゴの畝が整然と、美しく保たれています。前向きとは言えなかった農業との関わりでしたが、そこに彼なりの環境づくりの一つの取り組みがあるようです。
「特別きれいにしているというほどではないと思いますが、ハウスに気持ちが向く環境にはしておきたいと思っています。みなさんそうだと思いますけど、職場が汚かったら仕事に行きたくなくなりますよね。もちろん農家も一緒で、自分が居心地の良い環境にしておかないと、仕事が嫌になってしまう。汚しておいたり手入れが不十分だったりするとイチゴに病気が出ることもありますし。」
そうして20年以上にわたり続けてきた栽培の中で感じる喜びは、やはり豊かな実りがあることです。
「どうしたら安定して良いイチゴが作れるのか、答えは今もわからないですし、これをやったから絶対に良くなるという方法は恐らくないと思います。でも、栽培に良いといわれることはひとまずやってみるようにしています。やってみて、合わないならやめればいいし、少しでも良いと思えたら続ける。いろんな方法を取捨選択しながら、良いものを積み重ねていくようにしています。
生活のためのイチゴ作りだし、たくさん作ってお金が入ることで仕事にも身が入るようになったところもあります。でも、去年よりも良くしたいとか、来年はもっとこうしようとか、いろいろ考えながらやる中で良いイチゴが作れれば、それはやっぱりうれしいですよね。」
新品種「ゆうやけベリー」の手応え
そんな栁沼さんが今年から手掛ける福島産イチゴの新品種「ゆうやけベリー」。その味を、生産者としてどのように感じているのでしょうか。
「育てやすさとか、畑に合うか合わないかとか、生産者ごとに環境は違うので一概には言えないと思いますが、うちのゆうやけベリーは玉が大きいし量も穫れるので、1年目としては良い手応えを感じています。うちでは以前『女峰』という品種を作っていて、その後『とちおとめ』を作って、今は『ふくはる香』を作っていますが、その中でも粒は一番大きい。お客さんも「大きいイチゴが欲しい」という人が多いですから、人気が出るかもしれないですね。」
また、大きさだけでなく味にも手応えを感じているようです。
「ふくはる香は後からじわっと甘さを感じるタイプですが、ゆうやけベリーは最初にガンと甘さが来て、後味はさっぱりしている印象です。大粒だとお客さんは喜んでくれますけど、小粒のものはコクや甘さをより強く感じます。」
以前は収穫したほぼ全量をJAに卸していましたが、5~6年前から自宅での販売をメインに切り替えました。ハウスの前に看板とのぼり旗を立てただけで、特に大きな宣伝もなしにスタートしましたが、取捨選択による栽培で高め続けた品質の高さが口コミで広がり、次々とお客様が訪れるようになりました。贈答品として、また離れて暮らす家族のために購入するお客様も多いそうです。
終始謙虚に語ってくれた栁沼さん。目標も「現状を維持していくこと」と控え目です。しかし、一つひとつ柔軟に積み重ねてきたイチゴ作りのノウハウが今や無二の技術として彼の手にもたらされていることは、途切れることのない予約の数が何よりも物語っています。
栁沼宏樹
福島県郡山市片平町字東戸城8
TEL 024-951-1238
※電話にて注文可能です
〈栁沼さんのイチゴが買える店〉
■ベレッシュ
福島県郡山市八山田西1丁目160
TEL 024-973-6388
※出荷時期:3月末~5月頃
※入荷状況によりご購入いただけない場合があります
<動画>ショートムービーをご覧ください。